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碧眼は夜闇に紛れて冷たく輝く

 傷ついたアメリをそこらに捨てていくわけにもいかず、夕闇の中を少女を背負った青年の影が伸びる。

 ナルキスの渡した薬のおかげあってか、弱々しく囁くように喋るアメリの姿はそこにない。助けに現れたナルキスがいかに格好良かったかまたロイドやレイラは無事だったか、そんな話を大げさに身体を動かして一喜一憂するアメリだったが、青黒く腫れた折れた腕が彼女のそんな気丈に振る舞う仕草に相まって酷く痛々しく思えた。


「おにいちゃん、ありがとう」


 やがてアメリの自宅の前まで着くとナルキスの肩を叩いて合図し、地面に飛び降りる。

 たった半日の冒険がここまで彼女を強くしたのか、腕の骨折についてついにアメリが泣き言を上げることはなかった。


「ちょっとまっててね。すぐに約束してたーー」


「ーーいらないよ」


「え……なんで? おにいちゃんはお金がどうしても必要なんでしょ?」


 今にも駆け出して自室から大事に貯めた貯金箱を持ってこようとしたアメリを止めて、ナルキスは小さく首を振る。


「キミみたいな子供が少ない小遣いを貯めたぐらいでは僕への報酬はとても払いきれる額じゃない」


「だから! がんばってたくさん貯めたんだってば!」


「例えそうじゃなくても僕はキミにケガをさせてしまった。囮にしたのは僕だが、そうならないよう策をじっくり練ることもできた。依頼人にケガをさせるなんて以ての外。とても報酬を受け取れる仕事をしたなんて言えないさ」


「それってさ、ケガさせてごめんね。だからお金はいらないよってことでしょ? だったら素直にそう言えばいいのになんでおにいちゃんは嫌なふうに言うの?」


 短くも長い一日を共に過ごし、なんとなくナルキスの意図を読み取れるようになったアメリ。

 人を小馬鹿にしたような話し方は長年にわたり染み付いたものだから仕方がない。

 反論も出ず、ナルキスは誤魔化すように前髪をかき上げた。


「キミに小銭だらけの報酬をもらったとしてもいったいどこでこの金を〜なんて問い詰められるだけだろうしね。ならば、無一文の方がいい。どうせ小言をぐちぐちとうるさいやつ1人に言われるだけさ」


「そっか、おにいちゃんお仕事してないんだったもんね」


「違う。僕に見合う仕事がない、それだけさ」


「いっしょだと思うんだけどなぁ……お仕事かぁ……う〜ん」


「それじゃあね、アメリ。僕にはまだ寄るところがあるんだ。ブサイクくんにもブサイクはブサイクらしく大人しくしておけと忠告しておいてくれ」


 何か悩み込んだ様子で唸り声を上げるアメリに背を向けてナルキスはその場を離れる。そしてアメリの自宅から最初の角を曲がって彼女がついてこないことを確認すると懐から何通かの手紙を取り出した。

 宛先はすべてエミージュへ。人知れず、あの場からくすねてきた物の一部だ。

 内容はどれもエミージュに向けた愛の言葉が恥ずかしげもなく綴られている。


「……『キミを愛し、キミに愛されたた僕は世界中で最も幸福な人間だろう』か……とても『妹』に向けた手紙とは思えないな」


 手紙の最後に記された言葉は『親愛なる妹へ、最愛の恋人へ送る』そう書かれていた。

 ナルキスにも兄妹はいる。その中で姉の姿を思い出し、なんとも苦々しげに口をゆがめた。


「……考えられない。だが、世の中には数多の性癖を持つ人間がいるのも確かだ。白か黒か、実際に会ってみればその判別もつくだろう」


 そっと手紙を懐にしまい入れてナルキスはその手紙の差出人の元へと向かうことにした。


 名はルター・ハルケッソス。実の名をルター・リゥボーフィ。


 街でもよく聞く名前だ。

 なんでも元は他国の高名な学者という噂もある気の優しい初老の男。実に短い仕事時間の中でもその名と評判を聞くことはしばしば。

 彼は今、このギルティアで学舎の先生をしている。

 そこに通うアメリやロイドが今回の犠牲者となった。無関係のはずがない。

 確信に近い疑心を胸にナルキスは夕闇の中へとその身を溶けさせていった。






 薄暗い学舎の一室。

 月が夜空に昇り始めた頃、当然のように普段は部屋を賑わす生徒たちの姿はない。あるのは部屋の隅に設けられた机に蝋燭一本の灯りを頼りに事務作業をする初老の男、ルターの姿しかない。


「……おや?」


 生徒たちを送り出し、しっかりと戸締りはしたはずがどこから吹いたか、冷たい風がひと撫でし蝋燭の灯りを吹き消した。


「どこか閉め忘れでもあったかな? え〜っと……マッチマッチ……」


 文字通り真っ暗闇となった中、ルターは不審に思いながらも手探りでマッチを掴み、それに火をつけると同時に椅子から転げ落ちた。


「だ、誰ですかあなたは!? いったいここに何を!?」


 ぼんやりとした灯りに照らされて現れた金髪碧眼の青年。その冷たく光る青の瞳がルターを側で見下ろしていたのだ。

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