いついかなる時も
「これがおにいちゃんの特別な力……?」
キラキラと宙を舞う氷の結晶がアメリの髪を冷たく濡らしていく。ナルキスはさも得意げに鼻を突きあげ、薄い笑みを浮かべると仄かに濡れた前髪を恭しくかき上げた。
「まぁね。この美しい僕にピッタリな能力だろう。光を乱反射し、輝く結晶の数々。僕の心を顕現するような何よりも透明で美しい氷。僕以上にこの能力が似合うものはこの先現れることはないだろうね。たとえ、同じ氷系統の授能力者がいたとしてもそれは天と地ほどの差があることは間違いない――おっとどうやら悠長に話をしている時間もないみたいだ」
つらつらと自画自賛を並べていたナルキスだったが、視線の先に遠くからこちらに目掛けてぞろぞろっと集まってくる人形たちの姿が見えたのを期に再び、2人の立つ氷より少し上に同じものを作って飛び移った。アメリとロイドによる口論、遠目から見ても目立ちすぎるハシゴと壁から突き出た分厚い氷。これで気付くなと言う方が無理な話だ。
ここまで慎重を重ねて行動していたナルキスにしてはあまり愚策。無鉄砲に何も考えず、上を目指すのは羽虫にだってできること。天井を目指すには出口に近づけば近づくほど遮るものはなく、どうしても目立つことは避けられはしなかったであろうが、他に何か方法がなかったものか。人形から受けた攻撃による傷、そこから蝕む人形化の呪いが彼を焦らせたのか。しかし、それにしては至って冷静。ナルキスは涼しげな顔で次々と氷の階段を築いていく。
左肩から左腕にかけては確かに思ったように動かない。そこだけを取れば調子は最悪と言っていい。だが、不思議なことにも全体的に見れば絶好調に近いかいや、それ以上なのかもしれない。
ナルキスの授能は空気中の水分を利用し、剣で斬り付けた空間、箇所を急速冷凍。あたかも空気中から突然、氷塊が現れたような錯覚を起こす氷結の授能。
王国の騎士として爵位を与えられ、逆賊の掃討、危険生物の討伐などの任を請け負っていたアルケスト家。由緒正しきその家に生を受けたナルキスがこの授能を発現したの6つの時だったか。初めて魔物の討伐に駆り出された際のことである。
10年以上の付き合いがあるこの授能、当然自分の限界値など熟知している。だからこそ、温存してきた。出口目の前にして力尽きてしまうような最悪なケースを考慮したからこそわざわざ手間をかけてまでハシゴを探し、できるだけ高い場所に上ってからにしようとそう思っていた。
「なんだ……? やけに体が軽い。どれだけ授能を使おうが体力を消耗することもない。僕にいったい何が起きた……?」
まさかアメリ、守るべき者がいるから内なる力が目覚めたとか冗談みたいなことが起きたというのだろうか。
違う。
直観的にわかる。
確かにこの短い時間、狭い箱庭の冒険を通してアメリと他人以上には絆が生まれたことは確かだ。だが、そんなもの過去の任務の中で何度だって経験したことだ。お荷物を抱えて困難に立ち向かうのは初めてではない。
結局、誰かに力を貸してもらっている。はたまた、奮い立たされているようなこの底しえぬ力の要因はわからないが、好都合なことに変わりない。
もしかしたら、自分の危機を察知したユウが見えないところで協力してくれているのかもしれない。
自然と顔がにやけた。
「うわぁ……きもちわるい」
「な、なに!? 撤回しろ! この僕が気持ち悪いわけないだろう!」
「だって、おにいちゃん今、なんかすっごいえっちな顔してたんだもん」
「なっ……む、むぅ……」
邪な考えが脳裏に過ったことは確か。否定できず、ナルキスは低いうなり声を出した。
「やっぱり、男の子ってどんな時でもえっちなこと考えちゃうんだね。こんな危ない目にあってるのに信じられない」
先ほどまでしっかり握られていた手が心なしか浅く、意図的になるべく触れる箇所が少なくされているような気がする。
幼女のジト目、冷ややかな視線を浴び気まずそうにナルキスは次の階段を作り出して、周囲を眺めた。
「相手が出来損ないの人形で助かったな。ハシゴまで着くにはもう少し時間がかかりそうだ」
「ロイドくん、大丈夫かな? ……そういえばおにいちゃん。さっきウソはキライって言ってたけどどういう意味なの? だっておにいちゃんはロイドくんを見捨てて――」
「見捨ててなんていないさ。確かにブサイクくんは一度は人形になり、我を忘れてしまうかもしれない」
「やっぱり!」
「キミには僕が薄情にも彼を置いて行ってしまったように見えるだろう。だが、僕らの脱出が結果的に彼も助かることになるのさ」
「……もしかして……」
「あぁ、こういう設置型の授能は能力者が死ぬか任意で解除させるかの2つしか解く方法はない。そのどちらも僕には可能だ。あの醜女の胸に剣を突き刺すことも死ぬより恐ろしい目に合わせ、無理やり授能を解かせることもどちらもね」
「おにいちゃんは、あの人を……ころしちゃうの……?」
「さぁね。場合によるだろうな、それは」
後ろめたさを感じさせることのないあっけらかんとした口調。人を殺すことなどナルキスの日常ではそう珍しいことではなかった。
ギルティアでも同様に争いの末に人死がでることはそう珍しいことではない。生まれた時からこの環境に育ち、慣れているつもりであったアメリだが初めて目にするギルド所属者の残酷な言葉と冷淡な表情に身体が自然と身震いを起こしてしまう。