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されど方法は定まらず


「ばかぁ! おにいちゃんのおばかぁ!」


「やめないか、キミみたいな子供に何度殴られたところで痛くも痒くも無いが、この僕だってイラ立ちはするぞ」


「だって、早くここを出ないとあのおっきなおばちゃんに捕まって食べられちゃうかもしれないんだよっ!」


「ふむ、自らは考えることを放棄して他に委ねるばかりか、それを責めるか……それも子供にこそ許された特権なのかもしれないね」


 ぽかぽかと軽い音を立てながらアメリが叩きつける拳を受けつつもナルキスは余裕そうに片眉を上げ、鼻で笑う。


「あの年老いた醜女が僕らに直接、手を下すことはないから安心したまえ」


 そして、振り下ろされたアメリの手を優しく掴むとナルキスはそうしたり顔で言い切った。


「……なんで? なんでおにいちゃんにそんなことがわかるの?」


「そうだね、まだ予測の範囲内であることを言い切ってしまったことを詫びよう」


 謝る気なんて微塵もないのだろう。むしろ、何故お前は気付かないのか、と小馬鹿にするようにナルキスはわずかに口角を上げながら手のひらで花瓶を転がした。


「あの女の授能は恐らく『入口となる絵画を通して自身の持つ箱庭に対象を小人化させて収容する』と言ったものだろう。だが、果たしてわざわざ僕らの前に姿を現わす理由はあるのだろうか」


「……授能?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるアメリにナルキスは『魔法とは違う特別な能力さ』とだけ補足し、説明を続ける。


「放っておけば何れはあの人形たちに捕らえられ、殺されるだろう獲物に出口はこっちだ、と言わんばかりに顔を覗かせる理由はなんだ? それ以外にここを覗く術がないんだよ、あの女にはね。きっと奴が自ら、この世界に入ることもできない。いや、入ってしまえば僕ら同様、出る術がなくなるのだろうな」


「う〜ん、そうかなぁ……ただ意地悪なだけかもしれないよ?」


「まぁね。だから、予測の範囲内と言ったろ? だが、脱出の糸口を晒すという危険を犯してまで神を気取るなんてのは三流以下の授能力者のすることさ。負ける気がしないね」


「それにあのおばちゃんがわたしたちをおっきな手で掴まえちゃうのだって……」


「ないな」


 アメリの不安を含んだ言葉を遮るようにナルキスは言い切った。


「さっきも言ったが、この箱庭では上に行くほど大きくなる。なら、逆はどうだ。あの女が手をこちらに伸ばしたとしてもそれは徐々に小さくなり、僕らに辿り着くのは手を握ることぐらいしかできない無力な手さ。それにそんなことができるのなら何故、あの時僕らを捕まえ人形の群れに投げ入れない。そうじゃなくても何らかの形で直接、手を下す筈だろ。だが、それをしなかった……と、いうことはそういうことだろう」


「じゃ、じゃあ! わたしたちが人形さんたちから逃げ続けてれば時間はいくらでもあるってこと?」


「いくらでもか……だといいが……」


 ナルキスはそっと肩に手を当てて、言い淀んだ。


「じゃあ、いっしょうけんめい逃げてればもしかしたらおにいちゃんの仲間が助けにーー」




「あぁ、それはない。1日やそこら居なくなって心配されるほど僕は好かれていない」




 まるで当然の事の如く、悲しい言葉を顔色一つ変えずに言うナルキスに意識したわけでもなくアメリの目にうっすら涙が浮かんだ。


「心優しいユウ様ならあるいは……いやしかしユウ様は忙しい身で……次点で先生か? だが、知識以外何も持たない先生が来たとてーー」


「ーーじゃ、じゃあ早くロイドくんを探してここを出ないとね!」


 自分よりはるかに幼い少女に気を遣われて話題を変えられるが、当の本人はその気遣いに察することもない。相も変わらず、キザたらしく人差し指を立てて片目をつぶった。


「その事だが……どうやら神は僕らの味方らしい。よく周りを見てみろ。そしてよく耳を凝らすんだ」


 言われた通り、アメリは再度薄暗い部屋の中をジッと見渡すように眺め、耳を澄ませてみる。

 暗くて見えなかった。そして、なんとなく廃墟なのだろうと決めつけていたからこそ目にも止めなかった物。壁の切り傷や、壊れた椅子、床に転がる木片や花瓶の残骸。よくよく見ればそれは至る所に見られた。


「偶然、入ったこの家屋だがよくよく見れば争いの痕跡がそこらに見られる。考えてみれば、こんな人形しかいない世界に人形のいない空き家があること自体がおかしいんだよ」


「た、たしかに」


「ここにいた人形たちを駆逐し、防衛拠点としていたのか。それとも進行形なのか、わからないが見ろ。ここに小さな足跡がある。埃の積もった床で助かったな」


「うん、きっとロイドくんだと思う」


 ナルキスは無言のまま頷き、その足音を追うように廊下に出る。足跡が続いているのは階段の上、二階。そこには人形らしき足跡もある。


「おにいちゃん?」


 しかし、ナルキスは足跡の続く階段を素通りして2人がいた隣室、そこの扉を開けて部屋の隅に置かれたクローゼットの前に立った。


 ガタッ……ガタッ……ガタッ……。


 耳を澄ませた時に聞こえた小さな音。不気味な音の正体はこれだった。

 ナルキスの元へ行こうとアメリが足を踏み出した瞬間、痛んだ床板が音を立てて軋んだ。






 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!






 音に呼応してその物音は激しさを増していく。

 今にも怪物が飛び出してきそうなクローゼットにアメリはひしっとナルキスの腰元に抱きついて目を瞑った。

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