涼しげな顔でそれを眺める
「あらあらまぁまぁ、逃した魚は大きいと思っていたけれどまさか宝物を背負って戻ってくるとは思わなかったわぁ〜」
エミージュはさもそれが届かないとわかっていたかのように身動ぐことも怒りを露わにすることはなかった。むしろ、アメリとナルキス、2人を見下ろしながら満足気に口の端を不気味につりあげる。
「幼いお姫様にそれを守る騎士……うん、そんな感じ。しっくり来るわ」
まるで玩具箱を覗く子供のようにエミージュは目を輝かせた。
ナルキスの投擲は失敗に終わり、自慢の剣技も刃先が届かないのでは為す術は無し。底気味の悪いエミージュの微笑みを見上げながらナルキスは口を紡ぐ。
「欲しかったのよね、あなた達みたいな可愛いお人形さんが」
「わたしは……わたしはお人形なんかじゃない! ロイドくんをかえしてよ!」
様々な恐怖を必死に圧し殺したような上擦った情けない少女の叫びはエミージュの真っ黒な瞳に吸い込まれるように消えていった。そして、貼り付けたような上辺だけの微笑みを残し、天の蓋は閉じられた。
先も見えない暗闇が訪れたわけではない。ただ、最初の真っ白な天井に戻っただけ。それなのに、唯一の外界。いや、元の世界への繋がりを絶たれたような気がしてアメリを急激な不安が襲った。
「ーーアメリ、先を急ごう」
不気味な人形たちが命を狙わんと襲いかかってくるような世界に取り残され、いったい今から自分はどんな恐怖を味わうことになるのだろうか。身は震え、足が石のように重くなる。
泣きベソさえかくことを忘れて放心していたアメリの背で金属が擦れるような音がした。
「あそ……ぼ……あそ……あそ……ぼ……ぼ…ぼぼぼぼぼぼ……」
見ればそこには四肢を切断されて尚、地を踠きアメリの足元に這い寄ってくる人形達の姿。
「ーーひぃっ!!」
さっと血の気が引くように青ざめるアメリの顔。目にも留まらぬ早業でそれらを仕留めたらしきナルキスの足にアメリは咄嗟に抱きつき、顔を隠した。
「離したまえ、足に抱きつかれては動きが鈍ってしまうだろう。これでは死角から襲われた時、咄嗟に反応がーー」
ーーナルキスの肩を黒く鈍い光が掠めた。
「ほら、見たまえ」
草刈り鎌を持った人形の背後からの不意打ちにもナルキスは眉一つ動かさず、紙一重で凶刃を躱すと仕返しと言わんばかりにその首を刎ねた。宙を舞うその塊は重い音を立てて転がって尚、2人を誘うよう同じ言葉を繰り返してこちらを無感情な目で見つめている。頭を失くし、バランス感覚が狂ったか残された身体は地面に肩をつけて手足を忙しなく動かす。それはまさに蟲の様か。
「うぅぅぅ〜〜〜〜だ、だってぇ……こわいんだもん……」
ナルキスの服をぎゅっと握りながらちまちまと狭い歩幅で人形の残骸から逃げ惑うアメリ。
「……はぁ。いったい、キミはここに何をしに来たんだい? 僕の足にしがみつきに来たわけではないだろう」
「……うん」
「キミは友達のブサイクくんを救いに来たんだ。忘れたわけではないだろう?」
「……うん」
「なら、しっかりと自分の足で歩くんだ。今は人形たちを相手にして無駄な体力を消耗している場合じゃない。まずはブサイクくん、彼を探し出すことだ」
「うん、わたし……がんばるっ!」
子供が好きなわけではない。むしろ嫌いだ。それなのに自然と笑みが溢れ出た。
一度覚えた恐怖心は簡単に捨て去ることは出来ない。だが、それでも友達を救うためにほとんどナルキスに引きずられるようではあるが、必死に足を動かすその姿が何故だか微笑ましく感じた。
自分の中に突如として現れた違和感にナルキスは困惑しつつも人形たちから身を隠すために足を動かす。
人形たちが人間を真似するように暮らすこの世界。それが功を奏して草原や畑の先にはすぐにいくつかの家屋らしき建物を見つけることができた。
その中でも周囲を探り、細心の注意を払いつつ幸運にも人形が一体もいない家屋を発見。物音を立てないようにと静かに忍び込み、2人は物陰に座る。
「どうやら、ここに逃げ込んだことはバレていなさそうだ」
「……はぁ……はぁ……本当? よかったぁ……」
小窓から外を覗けば人形たちがナルキスたちを捜索しているわけではなく、彼らの変わらぬ日常を過ごしているのを確認できる。
その言葉を聞いてアメリは心底、安堵したように長い息を吐いた。
「……ロイドくんは大丈夫かなぁ。お人形さんたちに殺されちゃったりしてない……かなぁ……」
「さぁ、どうだろうな。見たところ外のどこにも血痕はなかったが……まぁ、僕も無駄足にならないことを祈ってるよ」
「うぅ……」
気遣いの欠片もないナルキスの言葉にアメリは咎めるように目に涙を溜めて睨みつける。
「あっ、そう言えばおにいちゃん。さっき、おっきな顔のおばさんに言ってたよね? 案外早く出れそうだって」
「ん? あぁ、言ったな」
少女ながらナルキスに慰めの言葉を求めてはダメだと察し、アメリは不安な気持ちを少しでも前向きにしようと先ほどの真意を問うことにした。