あそぼう……あそぼう……いっしょに……あそぼう……
「あそ……ばない……と……お人形さんが……よんでる……あそばないと……可愛そうだもんね……あそばないと……あそばないと……」
「おい、アメリ! 何を言っている! しっかりしろ!」
虚ろな目で同じ言葉を何度も呟くアメリ。ナルキスの声は届いていないようだ。
「いつだ……いつ、アメリは敵の授能をかけられた!? 洗脳……いや、違う。幻惑の類いか」
狼狽するナルキスの手からするりと小さなそれが抜け落ちるとアメリはふらふらとまるで夢の中を歩くような覚束ない足取りで絵画へ近付いていく。
「おい、キミは友人を救いに来たのだろう! そのキミが敵の術中にはまってどうする!」
とてもまともな状態とは思えないアメリの小さな背中を追うナルキスだが、そこで信じられない光景を目の当たりにした。
絵画の前で不気味な微笑みを浮かべていたアメリの身体がこことは違う何処かへ誘われるようにその中へと身体を沈めていくのだ。
それは連れ去られるわけでもなく、自ら進んで絵画の世界へ飛び込んで行くように見えた。
「ーークソッ!」
短い舌打ちをしてナルキスは半身を絵画に沈めたアメリの手を力強く握り、引っ張る。だが、まるで底なし沼にはまってしまったかのようにアメリの身体は微動だにしないばかりかその沈降は進むばかり。
無気力に垂れ下がるか細い手を必死に離すまいと掴み続けるナルキスさえもやがて徐々に徐々に足を引きずられ、完全にアメリの姿が絵画の中に消えた頃には彼の腕半分もその得体の知れない世界に引き込まれていった。
「おい! 誰かっ! 誰かいないのか!」
ナルキス達の行動が裏目に出たか、不審な行動をしていた2人のいるこのフロアにはいつの間にか、人影一つ見当たらない。きっと、奇妙がって出て行ってしまったのだろう。
いや、元よりそこまで人気のないコーナーである。もしや、敵はこの時を待っていたのか。獲物がかかるのをジッと狡猾に。
ずぶずぶと絵画の中に身体を沈め、ナルキスは恭しく前髪を揺らした。
「……やられたな。まさか、この僕ともあろうものがこうも容易く敵の罠にかかってしまうなんてね」
手から身体、そして頭から足先へと生暖かく、粘度を帯びた不快感が侵食していく。まるで泥沼に身を沈めるかのように、だが、伸ばした手の先には確かにアメリの体温を感じる。
永久にも続くような不快感は意外にも数瞬の内に終わりを告げ、ナルキスは空へ身体を投げ出された。
「ーーッ!?」
上半身から倒れこむように肘をつく。土で汚れた我が身を確認すると生を実感することができた。
どうやらまだ死んではいない。
「あそばないと……あそばないと……」
固く結んだ手の先で譫言のように同じ言葉を呟くアメリにナルキスはため息混じりに頭を振った。
「……止む得ないな」
ーーパァンッ!
短く乾いた音が響いた。
目を白黒させるアメリの頬が徐々に朱を帯びていく。
「……おにい……ちゃん……ーーッ!?」
我を取り戻したアメリは片腕で頬を押さえながら小動物のように飛び上がる。そして、小さな頭を仕切りに動かして周囲を見渡した。
「……え……どこなの、ここ。おにいちゃん、わたし……」
「どうやら、キミは僕に会う前、もしくは会った後に気付かぬ内に敵の術をかけられていたみたいだ」
「……術? 魔法ってこと?」
「どうだろうな。魔法よりも授能だと僕は踏んでいるが……」
「授……能……? なぁに、それ?」
一般的に見て、授能という能力はあまり知られていない。幼い子供ならば尚更だろう。
ナルキスは詳しく説明をすることもなく、入管の際、止められぬようにと背中に隠していた剣を取り出した。
「キミが知ったところで何もならないことさ。それよりも、キミが最初に口にした疑問『ここはどこなのか』その方が問題だ」
ギルティアでは見たこともない風景。寂れた農村だろうか、地面がむき出しの道に生い茂る草々。それらに生気は感じられず明らかな作り物であることは間違いない。空を見上げれば、そこは雲一つばかりか太陽さえもない真っ白な天。極め付けはナルキスの後方、2人が投げ出されたその背後には白く高い壁と不自然にそこへ飾り付けられた空の額縁があった。
「推測できるのはここが恐らく、ブサイクくんが消えた先。あの絵画の中だ、ということだ」
「絵の中……うそ……」
「僕だってこんな馬鹿げたことを言いたくはない。しかし……」
ナルキスは静かに剣を構えた。
その視線の先に見えるのは人間とは程遠い不気味で不可解、ぎこちない動作でゆっくりとこちらに近づいてくる人形たちの姿が。その手に握られているのは鍬や鋤、斧などの農具。
「あそぼう…あそぼう……」
「いっしょに……あそぼう……」
「おどろう……おどろう……」
「いっしょに……おどろう……」
「あそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼう」
「口とは裏腹に彼らが好意的ではないことは確実だ」