不気味な絵画
さすが世界的美術館。ナルキスの持ち金のほとんどを奪われ、ひょっとしたら依頼をこなしたとしても赤字になるのではないかと疑いつつも2人は件の絵画が飾られるフロアまで辿り着いた。
野外同様、すっかりと寒く空風が吹き荒ぶようになった懐。ナルキスは不服そうに顔をしかめながら辺りの様子を伺った。
美術品を見るにしては薄暗い。飾られているのは件の絵画と数点の美術品のみだ。狭いフロアとはいえ、いくらなんでも点数が少なすぎる気もしないでもない。故に足を止める人も少なく、かと言って誰もいないわけではないが、他の有名美術品が飾られるフロアと比べれば明らかに人が少ない。
「受付にも一応、尋ねてみたがブサイクくんらしき子供は出て行っていないらしい」
「うん、ここのどこかにいるってことだよね」
「いや、どうだろうな。美術館絡みの人攫いの可能性だってあるし、存外人間の記憶力なんてあてにならないものさ」
「……え? じゃあ、何のために……」
「だってキミはそのブサイクくんの家に確認しに行ったわけでもないんだろう? 例え、家に帰ってなかったとしてどこかで呑気に遊んでいるかもしれない」
オバケがいるかもしれない。
小さなアメリなりにそれ相応の覚悟を持ってこの場に戻ってきた。それが着いた途端にこれだ。
だが、確かにそうかもしれない。恐慌に追われて勝手に早とちりをしているだけという可能性が捨てきれないのは事実。アメリはみるみる内に顔を曇らせた。
「そんな顔をするな。もしも、本当にここで人攫いが横行しているのだとしたら僕に危機を報せたキミは人命を救った英雄なんだ。なに、決まったわけじゃない。一先ず、この部屋を調べてみようじゃないか。どこかに隠し通路があるかもしれないからね」
「うんっ!」
2人は別れてその場を探ることにした。ただ、念頭に置くのは決してお互いが目視できないような死角にはいかないこと。
鑑賞に訪れた人々から稀有な目で見られながらも2人は黙々とその場を調べる。しかし、怪しい点は何一つ見当たらなかった。ただの綺麗な美術館、その言葉に尽きる。
「ふむ、あらかた見て回ったが壁にも床にも仕掛けはなさそうだな。残すは……」
顎に手を置いて、ナルキスは件の絵画『人形たちの1日』に視線を向けた。
見るからに奇妙で滑稽な絵だ。
人間に模した人形たちがさも人間のように日常生活を繰り広げている。牛を引き、農作業をする者もいれば商人のように店を出している者やカップルのように寄り添い歩く姿もある。ギルティアでもよく見られる光景を人形に置き換えて表現している風景画。
何故、人間ではなく人形で描いたのか。そんなもの知る由もないが、その絵画に美的価値を微塵も感じないのは確か。
「…………おにいちゃん」
並んでその絵画を見ていたメアリが小さく震え、そっと無造作にぶら下げられていたナルキスの手を握った。
「なんだ、怖いのか? まぁ、確かに奇妙な絵ではあるが……」
人間のマネをして生活する人形たち。形は様々で歪な見た目の者もいる。大人になったナルキスだからこそ鼻で笑い嘲笑できるが、子供の視点で考えれば不気味なのかもしれない。
何となくその小さな手を振り払う気も起きず、ナルキスは慣れない慰めの言葉でもかけてやろうかと試みた矢先、アメリは静かに首を振った。
「……こわい。こわいけど違うの……あのね……」
「はっ、キミはいったい何を言いたいんだ?」
アメリはチラチラと何かを確認するように何度も飾られた絵画を確認する。まるで何かに恐れているような、そんな仕草だ。
「……何かに気付いたんだなキミは」
アメリは小さく頷くと一層、力強くナルキスの手を握った。
「……この前の絵とちがうの」
耳を疑った。
絵が違う?
すり替えられたということか。いや、そんな真似を誰がする。価値もまともにわからないこの絵を、他の名画を差し置いてこの絵だけを何のために。
「待て、それはいったいどういうことなんだ」
「あのね、全部がちがうわけじゃないの。このお人形さん、この前はここの木の下でお昼寝してたし……こんなお人形さんもいなかった」
アメリはこう言いたいのだろう。
あたかも人形たちが本当に絵の中で生活をしているように場面が、時間が進んでいる、と。
「まさか……あり得ない。そんなわけあるか。実際に生きている絵なんて聞いたことがないぞ」
「うそじゃないもん! ロイドくんがすっごくいっしょうけんめい見てたからわたしもいっしょに見てたんだもん!」
アメリを疑っているわけではない。
もしも、それが可能だったとして果たしてどんな手段を用いたのか。
盲点だったと言わんばかりに頭に雷が走る。何を隠そう、ここはギルティアなのだ、と。ギルド志願者達が夢を掲げて集う国。
「……授能か。アメリ、絶対にーーッ!?」
思考に集中するあまり、ナルキスはミスを犯してしまう。一変して静まり返ったアメリの異変に気付くのが遅れる、というミスを。