遊んであげないと、遊んであげないと……
「悪霊種と言うからどんなところかと思ったが……」
アメリに手を引かれ、連れてこられたかと思えばそこはギルティアでも極めて有名な美術館の前であった。
荘厳でいて美麗。初見、神殿の類いかと勘違いしてしまう真っ白な建物はギルティアに来たばかりのナルキスでも知っている。いや、美に聡いナルキスとって美と名のつく展示物を飾っているここは知っていて当然だとも言える。例え、疎くてもこの『エミージュ美術館』の名を見れば誰でも何となくはピンと来るはずだ。
「あのねあのね、せんせいにね宿題を出されたの。わたしとロイドくんはびじゅつかんに行って感想を書きなさいって。ローゼフくんとミーナちゃんはお芝居を観に行ってね、ユイナちゃんとーー」
「ちょっと待て……先生?」
「うん、わたしが通ってる学舎のせんせい」
「ふむ、キミはまだしもあの学のなさそうなブサイクくんが学舎に通っていたとはな……しかし」
さらりと悪態を吐き、ナルキスは顎に手を置いてジッと黙り込んだ。
入り口までにも賑わいを感じる美術館。入館者の数は多く、人攫いをするには悪条件に尽きる。入り口が無理なら館内でか。いや、あり得ない。静まり返った館内でそのような強行は必ず人目についてしまうはずだ。
ならば、本当に悪霊種が?
「いや、それこそあり得ない。あり得るはずがない」
「ふぇ?」
「アメリ、キミは確かにこの美術館でブサイク君が消えたのを見たんだな?」
「う、う〜ん、見たと言うか……」
「……思い出せる範囲でいい。出来るだけ詳しく話してもらえるか?」
アメリは小さく頷き、記憶を辿るようにポツポツと言葉を紡いで行った。
「えっとね、せんせいに言われてね、ここに来たの。おにいちゃんに会う1時間前ぐらいかなぁ。それでね、きれいな絵とか怖い顔の石とか色々見てね、怖いね、すごいね〜ってお話してた」
「僕に会う1時間前ということはまだ昼過ぎか」
「うん。それでね、途中で館長さんのおばさんに会ってね、宿題で来たんだ〜ってご挨拶したらね、偉いね〜って頭撫でてくれたの。それで……そう。ロイドくんが急に止まってね、ぼーっと絵を見てた。たしかその絵の名前は……『人形たちの1日』」
「人形たちの1日? 知らない絵だな」
「そしたらね、ロイドくん。石みたいにその場から動かなくなってね。小さな声で言ってた。『遊んであげないと。遊んであげないと。人形たちもさびしいんだもんね』って。なんかね、その時のロイドくんすっごく怖くてね、うん。まるでロイドくんもお人形になっちゃったみたいで。手を引っ張っても何をしても言うこときいてくれないからわたしね、後ろ向いて『もう先に行っちゃうからね!』ってちょっとだけ怒ったの。そしたら……」
「振り向くとそこにブサイクくんはいなかったと言うわけか。……なるほど」
アメリは涙ぐみながら無言で頷いた。きっと自分が目を離したから、と責任を感じているのであろう。
「ロイドくん、大丈夫かなぁ……。おばけにたべられたりしてないかなぁ……」
「まぁ、絶対とは言い切れないが食べられてはいないだろう。子供の肉を好む変態でなければ、だが」
「……へんたいさん?」
「あぁ、そうだ。アメリ、キミはおばけの仕業と思い込んでいるようだが、それは十中八九間違いだろう。目的は定かではないが恐らく、人間の仕業だな」
「なんで? どうしておにいちゃんはそう思うの?」
「あり得ないんだよ、こんな人気の多い場所に悪霊種が住み着くなんてね。奴らは基本、人気のない薄暗く湿った場所を好む。沼地や忘れ去られた廃墟、井戸の中なんて奴らの絶好の住処だ。一方、この美術館は常日頃から賑わっていて、陽の気が漂っている。陰気な奴らははそういうのを一番嫌う。まぁ、十中八九と言ったのは例外もいるからだがね。極稀に強い怨念を持った悪霊種が、なんてこともあるからさ」
「じゃ、じゃあ! ロイドくんは!?」
「無事だろうな。手足の一つぐらいはもがれているかもしれないが子供。奴隷商が引き取りに来るには早すぎるし、傷物は高値がつかない。丁重に扱われているはずだ」
「もがれ……だ、大丈夫かなぁ……」
顔を引きつらせて怯えるアメリ。
「だが、どうやって一瞬の内に……。物音を立てずに人を攫うことなんて可能なのか……相手はただでさえ喧しい子供だぞ……」
再び、ブツブツと呟きながらナルキスは懐を探った。ギルド資金とは別の持ち金。家を出るときに持ってきた僅かな旅行費だ。まさか、ギルティアに住むことになろうとは夢にも思わなかった為、贅を味わうには頼りない。ギリギリ2人分の入館料を払うことができるぐらいだろうか。
何にせよ、現場を見てみなければ始まらない。ナルキスは不安そうに顔を曇らせるアメリに声をかけることもなく黙って美術館の入り口へと向かった。
「あっ、おにいちゃん待って!」




