足りないもの
「うむ……シュシュはどうじゃ? フランクに声をかけたのはワシの独断。遠慮なく自分の意見を言ってくれ」
ナルキスを咎めるわけもなく、またフランクを庇うわけでもなくユウは静かに目を瞑って腕を組んだ。
「えっと……ですね……フランクさんが嫌というわけではないんですけど正直なんでだろうなぁって気持ちがいっぱいで」
「ほう、珍しく意見が合うじゃないかシュシュくん」
「い、いえ、ナルキスくんみたいに絶対イヤってわけではないんですが、わたしはてっきりクララちゃんやヨーコさんもしくはテレサさんかなって思ってましたから」
「つまりは反対寄りというわけじゃな」
口にし難いことをハッキリと言うユウにシュシュはフランクをちらりと見遣り、小さく頷いた。
「フランクと言ったな。キミ、武芸の嗜みは?」
「……ありません」
「何か特別な力を持っていたりは? この場合、授能のことを言ってるのだが」
「授能……いえ、何も」
冷淡な瞳でフランクを見据えていたナルキスはフッと小さく息を吐いて首を振った。
「聞きましたか? ユウ様、考え直してください。彼にギルドメンバーとして僕らと並び立つ資格はありません」
「……マリーはどう思う?」
ナルキスの辛辣な言葉を聞き流し、ユウはそれまで黙々とメンチカツを頬張っていたマリーに尋ねた。
「待ってください。マリーくんはまだ子供だ。人員選抜なんて難しいことはーー」
「ーーマリーはいい」
視線は食べかけのメンチカツに落としたまま、ぽそりとマリーは呟く。
「お肉屋さんがいれば毎日メンチカツが食べられるから」
「……やはり子供か。食欲の先行した浅はかな考えしか出せないじゃないか」
ナルキスは予想通りと肩をすくめた。
「何度も言いますが、ユウ様。この男は僕らギルドに適していない。必要とされていない。何もできない人員をこれから起こり得る危険な戦いに駆り出すわけにもいかない。頭数欲しさにしても勇み足にも程があります!」
「……なぁんもできないわけじゃないじゃろうが」
圧倒され、ナルキスが思わず小さく身をすくませるような静かな威圧めいた声。亜麻色の髪をした少女、その年齢から発せられるとは到底思えない鋭く研磨された炯眼に息を飲まされる。
「まったく何もわかっとらん。二言目には力が〜とか能力が〜とかのぅ。なんじゃ、腕っ節が強い奴が偉いんか? 授能があるってのがそんな凄いんか? ワシはそうは思わん。人間誰しもが人知れず人に誇れる何かを持っとるもんじゃ。その点に関してはナルキス、お前はフランクに負けとる」
「……僕が負けてる? このうだつの上がらなさそうな単なる肉屋にですか?」
「ユ、ユウさん。もういいですよ。私が浅はかだったんです。そうですよね、ギルドなんて特別な人しかーー」
「ーーなら、ワシは特別かの?力もない、授能なんぞ持っとらん。ギルドっちゅうんは誰でも、どんな悪党でもボンクラでも夢を叶えるために作れるもんじゃないんか?」
苛立った様子を見せるナルキスとは対照的にユウは頭ごなしに反駁する訳でもなく諭すように大様に構えた。
「組っちゅうんは力だけじゃない。画を描く者がいる。士気を上げるための者がいる。逃げ時をいち早く察することができる者がいる。組っちゅうんはそういうもんじゃ。力だけが全てじゃない。お前は知らんと思うが、このフランクには頭がある。ワシらの知り得ない情報がそこに詰まっとる。美味く温かい飯で士気を上げることもできる。弱者故に誰よりも臆病に危機を察することができる」
「……情報ならば僕にでもーー」
「ーー何十年も積み重ねた知識がたった数日、数ヶ月のワシらに劣るか?」
ぐうの音も出ず、ナルキスは静かに拳を握った。
「あ、あの……ユウちゃんの言葉を聞いてわたしもその最後の1人はフランクさんがいいのかなって」
ユウは首を振る。
ナルキスのこともあり、ユウは反省していた。まだ組長であった名残から独断で彼の加入を決めてしまったこと、その結果シュシュとナルキスの口論が毎日止まないことを。
しかし、かと言って流れのまま、人員欲しさにナルキスを招き入れたわけではない。彼の眼が語っていたのだ。ユウの元へ来たいと。それがどんな邪な思惑あってのことだっていい。その眼を見て、ユウもまた彼にここへいて欲しいと思ったからだ。フランクもまた同じく。先に述べた通り、このギルドに不可欠な者を持っている。ナルキス同様、心根からここにいて欲しいと思った。
だが、それはユウが勝手に思ったことに過ぎない。
「いや、まだ納得できない者もいるようだしのぅ。これからようやく本格的に始動するっちゅうのに啀み合いが続くようじゃダメじゃ。夢を成すことばかりか3日も持たんじゃろうな」
鋭い視線で床を睨みつけるナルキスをちらりと見遣ってユウは小さく息を吐いた。
「フランク、すまんのぅ。どうやらお前を……」
「い、いえいえ! 少しだけほんの少しだけでも夢を叶えることが……できて……よかったです……」
「……すまんのぅ」
精一杯の作り笑いだろう。悲しげながら満面の笑みでフランクはそう言って頭を下げた。
大きな身体が小さく感じるほどに頼りなく、小刻みに震えているそれは見るに耐えない。ユウが優しくその背中を叩くとフランクは振り返ることもなく軋む扉を開けてこの場を後にしていった。