最後の1人
「じゃあ、一体誰なんですかぁ!?」
目を瞑り、ソファの背もたれに身体を投げ出したシュシュを見下したような目で嘲り、ナルキスは指を立てる。
「ユウ様直々に声をかけるようなお人だ。きっと美しき者に違いない」
「……美しい……のかのぅ?」
「も、もしくは相当の手練れの者か。これ程の美貌を持ったユウ様だ。寄り付く悪い虫は数知れない。しかし、それらを追い払う役目ならーー」
「なら、今すぐナルキスくんは自分の首を切り落としてください」
視線を向けるわけでもなく、天井から覗く青空を見上げながらシュシュが淡々と呟いた。
「強いかもわからんが、ワシらに必要な人間であることは間違いないはずじゃ。わからんようだから言うがーー」
ユウが口を開き、言いかけた時、今までどれだけ騒いでも起きなかったマリーが音もなく身体を起こし、扉を見つめた。ただならない様子にシュシュはギュッと身を固めナルキスは腰の剣に手をかけたまま庇うようにユウの前に立つ。
一斉に扉を睨みつけて数秒、明らかな人の気配が外から近付いてくるのがわかる。そしてその気配は扉の前に立つと律儀にも3回、扉を控えめに叩いた。
「……ユウ様」
どうやら敵は強引に扉を蹴破り、襲撃してくることはないようだ。しかし、来客を装って油断したところを……とも考えられる。
少女ばかりのこの家で恐らく、危険を振り払うのは自分以外にいないだろう。
そうナルキスは自覚している。性格上、飛び出し兼ねないユウを手で制止しながらナルキスはゆっくりと扉に近付き、腰の剣に手をかけた。
新参者のナルキスだ。相手はこの廃屋に男はいないものだと誤認しているかも知れない。例え襲撃だとしても足音から察するに敵は1人。それぐらいならば容易く振り払う武力はある。一方でもし、襲撃ではなくユウたち若い少女達の身体を目的としたものならばナルキスが顔を出すだけで相当な抑止力になるに違いない。
そっとノブに手をかけて扉を少しだけ開けて覗いてみる。
「あ、こんにちわ」
「……お前は……」
扉の先に見たのは膨よかで大柄な中年。手には何か湯気を立てる紙袋を大事そうに抱えている。
その男にナルキスは見覚えがあった。
美の探求のため、聞き込みをした1人だ。確かそれはーー
「……メンチカツ」
扉の前で固まっていたナルキスを小さな手で押し退けてマリーは中年の前に歩み出た。
「なんだ、ふらんくさんじゃないですかぁ〜」
「マリーもどうやらその匂いにつられて目を覚ましただけのようじゃな」
来客はブリスケット精肉店店主、フランク・ブリスケットであった。
顔見知りの単なる来客に皆の緊張の糸は一気に緩んでしまう。
「いやぁ、まさかあなたがユウさん達のお仲間になっていたとは」
「あ、あぁ……」
拍子抜け。
置いてけぼりになったナルキスは魔の抜けたら相槌をうち、すごすごとソファに戻っていく。
「へへ〜フランクさん。聞いてください! なんとわたしたちのギルドもあと1人、あと1人で設立できちゃうんですよ!」
「は、はぁ……そ、そのおめでとう……ございます……」
腹を空かせた子猫に餌をやるように紙袋ごとマリーに手渡したフランクはバツの悪そうに頭をかいた。
「なんですかその返事ぃ〜。もっと祝ってくれてもいいじゃないですかぁ」
「あ、いえ。あぁ……あと1人……ですか……」
「まるで僕らがギルドを立ち上げるのを喜べないみたいに感じるな」
「い、いえ決してそんなわけではなくて! ただ……」
「ただ? なんですか?」
「記念すべき最後の1人が私でいいのかな……と」
申し訳なさそうに目を伏せたフランクにユウはにぃっとガキ大将のような笑みを浮かべる。
「ということは腹は決まったみたいじゃな」
「悩みに悩みましたよ。家内の墓前に何度も相談しに行って、断ろうって最初は思っていたんですけど毎日のように私みたいな何もできない中年を勧誘してくださるユウさんのことを考えるとどうしても……」
「何を言っとる。お前にはその情報力があるじゃろうが。何も知らない外部からの新参者の集まりのワシらにはお前みたいな知識ある者が必要なんじゃ。それにギルドに入るのが夢じゃと言っとったからのぅ」
「まさか、こんな歳になってから夢が叶うとは思ってもいませんでした。もし、可能ならばユウさんたちのためにこの命をーー」
「ちょっと待ってくれ」
恥ずかしそうに俯きながら頭を下げようとしたフランクの言葉を突如、ナルキスが立ち上がり遮った。
「ユウ様。まさか、本気でこの男を仲間に入れるつもりですか?」
「……なんじゃ、反対かのぅ?」
「大いに反対です」
ナルキスがきっぱりと言い切ると見る見るうちにフランクの大きな身体が縮んでいく。




