減るもんじゃあるまいし
「人の顔を見て笑うなんてすごく失礼なことだと思うんですけど……」
「いや、はっはっはっ。すまない」
前髪を揺らし、最上の冗談でも言われたように声を押し殺して笑うナルキスをシュシュは半目気味に睨みつける。
「いやいや、安心したよ。美しき者の名を聞いて回って自分の名が出ないことにらしくなく些か悲観していたが、キミみたいな『ブサイク』が美しいと言われているのを見たところどうやらこの国の住人たちの美的感覚は世間からだいぶズレているらしい。やはり、僕はおかしくなんてなかったんだ。この僕がキミみたいな『ブサイク』に劣っているはずがないからね」
「………………かっちーん」
「シュシュ?」
「マリーちゃん、ナイフを貸してください」
悍ましいまでの満面の笑みで手を差し出したシュシュ。あの世間を震撼させた切り裂き魔でさえ身じろぎするような恐怖心を煽られながらマリーは小さな唇を震わせた。
「シュシュ、何を……するつもり……?」
「マリーちゃん?」
「ふむ、気にくわないことがあれば暴力に訴えるか。まさに『ブサイク』の象徴。あのブサイクくんたちはキミを心まで美しいと称したが、まるで聞いた話と違うじゃないか」
「シュシュ、人殺しは良くない。ママも言ってた」
「いいからぁ! 殺したりなんかしませんよ! ちょっとそのご自慢の尊顔をズタズタに切り裂いてやるだけですからぁ!!」
敢えて注釈させてもらうが、シュシュは決してブサイクではない。
美の感覚など人の趣味嗜好によりけりだが、このシュシュという少女、少しばかり言動や態度に問題もあるが、子犬のようなパッチリとした目や筋の通った小さい鼻と顔立ちに関しては幾百、幾千に1人とは言わないが十分に男たちを虜にする魅力を持っている。
問題があるとすればどちらかと言うとナルキスの方なのだ。
彼にとって美しいとブサイクの境界線は自分より上か下かのみ。だが、ナルキス自身、己の容姿に絶対的な自信を持ち、世界に自分より美しい者はいないと豪語するほど。故に眼に映る者、全てが彼にとってはブサイクと言うことだ。
「真実を告げられ暴れまわる醜態。やはりキミはブサーー」
「ブサイクって言うのやめてください!」
「シュシュ、落ち着いて」
「いい加減、お姉ちゃんって呼んでくださいってばぁ!!」
怒り心頭。
暴走気味のシュシュは貶されたことと同時に何度言っても自分をお姉ちゃんと呼んでくれないマリーにまで当たり散らし始める。
その声は穴の空いた天井、薄い壁を越えて外にまで筒抜けになってしまうほど。
「なんじゃ喧しいのぅ」
耐えかねたのであろう。シュシュたちがリビングとして使っている礼拝堂の奥、別室へと通じる木製扉がゆっくりと開けられ不機嫌そうにユウが顔を覗かせた。
「はっくッッッ!!!?」
途端、ナルキスが前のめりなる。
「はわわわわわわわわわわ!」
シュシュが見るからに慌てる。
「こっちは夜更けまで仕事しとって今起きたばかりなんじゃ。急な来客かは知らんが、もうちっと静かにできんのか」
ペタペタと足音を立ててユウはタオルで濡れた髪を拭きつつ、ナルキスに近づく。
「なんじゃお前は? カチコミか?」
「はっ、うっ、ひぃぎ」
まるで怪鳥のような呻き声を漏らし、ナルキスはざざざっと前のめりのまま後退。
その姿にユウは不思議そうに首を傾げながら乱暴に髪を拭くのを再開した。
「……ママ」
壊れた蓄音機のようにカタカタと震えながら何かを呟くシュシュの隣、それをぽけっと見ていた無垢な瞳は下から上へとユウを眺め、
「なんで服着てないの?」
小鳥のように首を傾げた。
ユウは全裸だった。
夜遅くまでの肉体労働。疲労から家に着くなり泥のように寝てしまったユウは起床直後、1人で浴場に向かうわけにもいかず奥の部屋で水浴びをしていた。
寒くなってきた近頃、真水での洗体はなかなか熾烈を極める者だったが、眠気を取るにはちょうどいい。だから、時折こうして奥の部屋に引っ込んでは水浴びをすることがあったのだが、今日はついでに汗と土で汚れた衣服も一緒に洗ってしまった。元より、その一張羅のみでこの世界に来た身、替えの服など持っているわけもなく、シュシュにでも服が乾くまでの間着るものを借りられないかと思ったわけで。どうせ女しかいない家だ、と気にせず出てきてしまったわけで。だが、その思考は少しばかりおっさん臭い。
「あぁ? 別にいいじゃろ……見られたところでどうかなる問題でもないーー」
「ーー問題ありますよっ!!」
混乱から回復したシュシュが顔を真っ赤にしてユウにテーブルクロスを乱暴に引き抜いて纏わせた。食卓のパンやサラダが床に転がっていく。
「ユ、ユウちゃん女の子なんですよ!? 何考えてるんですか!? 男の人がいるんですよ!?」
「だぁから、減るもんじゃないじゃろが。ワシは気にせん。それよりもお前らが何を喧しく言い合っていたのかの方がーー」
「ーー減りますよ! 乙女心がっ! 恥じらいと言う名の乙女心がぁ〜っ!!」
面倒臭さそうに前髪をかきあげるユウに自分が貶されたのを忘れてしまったように顔を真っ赤に手を勢いよく振り回して説教をするシュシュ。それ程までに衝撃的なことだったのだが、その一方でナルキスもまた衝撃を受けていたのだった。




