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美女たちの城


「やはり会って確かめるしかなさそうだな」


 幾人もの人々に問い、終いには到頭、美しい者は誰かというものに自分の名が挙げられることはなかった。

 男ならば仕方がない。一般的に男は男に魅力を感じ、はたまた美しいと形容する生き物ではないのは知っている。ナルキスも美は性別をも凌駕するものだと口では言いつつも何となくそれは心の底で感じていた。

 だが、問題なのはナルキスにとっての異性。つまりは街の女性たち。それさえも目の前のナルキスにも目もくれず、顔も知らぬ者の名を頬を朱に染めて言うのだ。

 こればかりは我慢がならない。自尊心が傷つけられたこと甚だしい。

 絶対的な美への自信を持っていたナルキスはそれらを思い出し、背の壁に拳を強く打ち付けた。

 だが、情報収集においては成功と言えよう。

 このギルティアには行商人たちの言う通り自分よりも美しいと言われる者たちが数多く存在することがわかった。

 そしてなによりは多くの人々から聞いたユウとシュシュという少女らの居場所を突き止めたということ。

 只々、自尊心を傷つけられたわけではない。それ相応の成果を得ることができたのだ。


「大通りから外れた路地裏の向こう、確か古びた教会跡地を住処にしているらしいと聞いたな」


 これだけ目立てば住居がわれていてもおかしくはない。貴重な情報をくれたスケベオヤジの言葉を思い出しながらナルキスはまた華麗に、優雅に長い足を動かし始めた。






「……どうやらここみたいだが、人が住める場所なのかここは」


 歩くこと数10分。

 目的地に近づくにつれてあれほどまでにいた人の数は減っていき、終いにはすれ違う人さえいなくなった頃。目の前には国にさえ忘れられてしまった廃墟化した建物が立ち並ぶ鬱蒼とした小さな通りが広がっていた。

 教会と言われてもピンとは来ないが、その瓦礫の山らしき中にそれらしき物があるのは確か。しかし、教会と呼ぶには些か無理があるような気もする。

 確かに他とは違って背も高く大きな建物のような気もするが、今の世には見慣れない建築方式に割れ、砕け散ったステンドガラス、黒く変色した青色の尖った屋根には何か隕石でも降ってきたのか大穴が空いている。恐らく、綺麗に積まれていたであろう煉瓦は剥げ落ち、粘土が丸見えになった壁。唯一、体裁を保てていると言っていい大きな扉は遠くからでも見てわかるぐらいに歪んでいる。

 控えめに言ってもとても人が住むような建物ではない。いや、もし仮にも人が住んでいたとしてあれほど人々に支持される『美しき者』が住んでいるとは到底思えない。


「何より人の気配がしないじゃないか。ガセ情報でも摑まされたか?」


 眉根を寄せて訝しみながらも一応、とナルキスは教会敷地に足を踏み入れる。無造作に伸びた雑草の地、時折建物の残骸らしき物が音を立てて砕けるのが足に伝わってきた。雨風にさらされ、錆び切ったドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開ける。ギィィっと耳障りな嫌な音が響く。開け放たれた扉の奥でナルキスが目にしたものはーー


「うぅ……これ嫌い」


「あ、またビーマを残そうとしてますね! マリーちゃんダメですよ! 好き嫌いしちゃ大きくなれませんからね!」


ーー固く不味そうなパンと雑草にも見える野草のサラダ。目に涙を溜めて小さく口を動かすマリーとそれを母のように横から小言を言いながら食事をするシュシュの姿だった。


「なんてみすぼらしい! 全然、美しくない食事風景だ!」


「ふぇっ!?? なな、なななななな何なんですかぁ!? いきなり人の家に入ってきて何を言い出すんですかぁ!? 誰ですか!? 何をしに来たんですか!?」


 連日の仕事漬けの毎日についつい寝坊してしまったシュシュたちの遅めの朝食、もとい昼食中に突如現れた見知らぬ男。その男は自分らを見るや否や頭を抱えて、嘆き叫び出したのだからシュシュとて悲鳴を上げながらマリーを抱きしめる。


「まさかこの土地の所有者ですね! 嫌です! わたしたちは立ち退きません! 立退けと言うならばそれ相応の対応取っていただかなければ!」


 そして自分らが違法入居者と知りながらこうも図々しく、喧しく声を上げるのだった。


「いや失礼。あまりにも貧相で見るに耐えない食事風景だったものでついつい口に出てしまったようだ。なに、僕は決して怪しい者じゃない。君の恐れるこの土地の所有者でもそれに遣わされ、君たちをここから追い出しに来たわけでもないんだ」


「勝手に人の家に入ってきて怪しい者じゃないと言われましても……」


 怒りと疑心に満ちたジト目で自分を睨むシュシュだが、ナルキスはそれを気にも止めずキョロキョロと辺りを見渡した。


「何ですか気持ち悪い! 勝手に人の家をじろじろ見ないで貰えますか!」


「あぁ、すまない。僕はただ、ユウとシュシュという少女らに会いにきただけなんだ」


「……シュシュならわたしですけど……」


「……ん?」


「いや、だからシュシュはわたしですってば。何なんですか、わたしに会いにきたって……」


「……君が……シュシュ? 本当に?」


「だ〜か〜らぁ〜! わたしがシュシュって何度も言ってるじゃないですか!」









「………………………ははっ」









 数秒、ナルキスはシュシュの顔を四方から何度も眺めた後、非常に冷めた目で乾いた笑い声を上げた。

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