姉妹の形
「お前にこんなことをするのは実に心苦しいのだがな……」
緩慢な所作でソファから立ち上がったリュゼは銃口を向けたままヨーコの眼前まで近寄った。
女性の中では背の高いヨーコよりも僅かに視線は上に、だからといって女性らしさを失うこともなく女軍人、これこそ彼女に相応しい言葉だろう。
「……そうかい? 姉御の目はそう言ってないぜ」
「ほう。私にお前の心が読めるようにお前もまた同じか」
重い散弾型の魔法具を軽々と片腕で持ったままリュゼは葉巻を口から離し、煙を吐く。
至近距離からその煙を顔面で受け止めたヨーコは僅かに目を細めた。
「あたしを殺したくてウズウズしてるって眼だ。蛇のように獰猛に獲物を狙う眼。静かな殺意を肌身に感じる」
「はっはっ、馬鹿を言うな。愛しい盟友、姉妹と呼んでも差し支えのないお前を私が殺すと思うか?」
「いや、あんたは殺すよ。それがあたしだろうと家族だろうと血を分けた子供だろうと、無感情に事務的に今まで殺してきた人々と同じように」
「酷い言われようだ、心外だぞヨーコ。それに殺めた数はお前とて負けていないだろうに」
言葉とは裏腹に傷ついた様子など微塵もなく、軽い冗談でも言われたようにリュゼは目を伏せて口元を緩めた。
そして抱きしめるようにヨーコの腹に銃口をあてがって冷淡な口調で呟いた。
「そうなりたくなければ吐け。お前は何を隠している……」
先程、弾を放たれたばかりの銃口。服の上を通してその熱が伝わってくる。
「こんなものでお前の大事な処女をうばわれたくはないだろう?」
「姉御……あたしにだって通さないとならないものがある」
「ならば死ぬか? ホシは我が結社に重大な痛手を与えた重罪人。他にもたくさんの人々を殺した切り裂き魔だぞ」
「グレタの怪しい魔法具になんか頼らなくてもあたしらは強い。それに姉御が言うように殺した数ならあたしらの方が……」
「何をそんなに庇う。ヤツが死んで悲しむ者がいると思うのか?」
リュゼの脳に直接語りかけるかのような囁きにもヨーコは毅然とし、視線を真っ直ぐに固めたまま言う。
「いるよ」
敵対と取れる行動をしたユウ達の顔がパッと脳裏に浮かんだ。マリーを真に思い、命を賭してでも彼女を守ろうとした彼女達の顔が。
何故庇うのか。
決まっている。ヨーコは見逃すと宣言し、その代償にユウ達の夢を聞いてしまったのだ。青く、絵空事のようなものだとしてもハッキリとこの耳で聞いた。
「最後だ、全てを話せ」
「できない。約束だからね」
窓から漏れ、微かに聞こえる中庭で訓練する兵士たちの声に混じって静かな室内に轟音が響いた。
「お、お姉さま! ……よかった無事だったんですね」
リュゼの執務室の前、広々とした廊下で不安そうにヨーコの帰りを待っていたビスチェはその顔を見るや胸に飛び込んでいった。
「あぁ、なんとかね」
苦笑を浮かべるヨーコ。頬から伝う血をビスチェは優しくハンカチで拭ってやる。
「えっと、お話にはならなかったんですの?」
「当然だろ、約束したんだ」
「で、でも話さなければ殺されていたかもしれませんのに! 今回はたまたま閣下の気まぐれでーーむぐっ!?」
「おっと、ここは姉御の部屋の前だよ。悪口が聞かれたら今度はお前の頭が飛んじまう」
口を覆い、ビスチェを引きずってヨーコは廊下を歩いていく。
「それがあたしの生き方、死んだらそれまでさ」
「ぷはぁっ! 死んだらそれまでって……死んでしまっては何も意味を成さないんじゃ……」
「そうかい? あたしは自分の命欲しさに約束を違うなんて御免だよ。それなら貫き通して死んだ方がマシってヤツさね」
「うぅ……わたくしはお姉さまに死んで欲しくありませんわ」
想像してビスチェは服の裾を握りしめて俯いた。
「……それでお姉さまはあいつらをーー」
「ーーユウ達のことかい? ははは、『今回』は見逃す。そう約束したからね」
軍刀を素早く抜いてヨーコは階段の踊り場にあった石像を胴体から真っ二つに切り裂いた。
「ただ次はない。もしも、また彼女達があたしらの前に立ちはだかることがあるなら容赦はしない」
「お姉さま……怒られますわよ」
「あっ! いけねっ!」
格好をつけたつもりで断ち切った石像。それが無残に崩れ落ちるのを宙に汗を飛ばしながら必死に直そうとするヨーコを見て、ビスチェはクスクスと声を漏らして笑った。
「……よかったんですか、閣下」
ヨーコとリュゼのやり取りを見ていたただ1人の人物。動じず、静かにリュゼの傍らに直立していた軍服の男がそう語りかけた。
兵士長ハルトネキッヒである。
黒黒とした短髪、茶色の瞳。厳格でいて厳粛そうな筋肉質な男だ。
「兵士長、やはり私も人間だな。どうも馴染みが相手だと狙いが定まらん」
「らしくないですな」
「お前もそう思うか。こればかりは私も言い訳ができん。冷血と呼ばれた女の甘さを存分に笑ってやってくれ」
「いえ……。閣下、頼まれていた物ですが」
ピクリとも表情を崩すこともなく、ハルトネキッヒは紙束をリュゼの前に置いた。
リュゼは葉巻に火をつけ、退屈そうにそれに目を通していく。
そこには3人の人相書きと細かな情報が綴られていた。言わずともユウ、シュシュ、マリーの3人である。
「これが切り裂き魔とその仲間。そしてヨーコが頑なに隠し続けたヤツらか……小娘じゃないか」
ヨーコの報告を怪しみ、密かに裏で進めていた切り裂き魔の調査書。あの日、ヨーコと会った警邏隊以外の人物を洗い出した結果、上がったのがユウ達であった。
明確な証拠も魔力痕も残さない神出鬼没の殺人鬼を追うには手を焼いたが、部下の行動を監視するならば容易い。予想通り、いとも簡単に尻尾を掴んだ。
「ほぅ……ユウにシュシュ、マリーって言うのか。女らしい可愛い名前だ」
「始末しますか?」
「いや、放っておけ」
思いも寄らぬ発言にハルトネキッヒは眉を寄せる。
「ヨーコが命懸けで守った奴らだ。今はヨーコの気概に報いてやろう」
くしゃくしゃと紙束を丸め、リュゼは葉巻でそれに火をつける。
「それに相手は一般人だ。今は協会に目をつけられたくはない。顔は覚えた。始末ならばいつでもできる」
「はっ」
灰皿の上でユウ達の描かれた紙がゆっくりと燃え焦げていく。
それを眺めて不敵に笑ったリュゼの横顔にハルトネキッヒは背筋を凍らせた。