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断罪の約錠

 それからテレサは「ちょっと長くなるけど」と小さな咳払いをして話し始めた。


「ただまぁ、最近のギルティア……いいえ、王が決まるまでの空白期間はいつだって無法者たちの楽園になってしまうのよ。それに加えてギルドのトップに立てば誰にだってその権利が与えられる国、酒池肉林を築こうなんて企んでる者、力自慢なんてのが各国から集まってくるわけ。勿論、そんな状況、国民の命が脅かせていることに対して協会も黙っているわけではないわ。でもね……」


 力強く拳を握ったかと思えば、テレサは頼りない顔、眉を下げてマリーを見やった。


「マリーちゃん、切り裂き通り魔事件に関してはギルドは一切関与していないのよ」


「何故じゃ? 国民の命を脅かすと言うならばーー」


「そうね、ユウちゃんの言うことはもっとも。だけどギルド関係者から一般人を守ることがあっても『一般人』から『ギルド関係者』を守ることはないのよね、わたしたちって」


「……ちょっと待ってください。えっと、その今の言い方ですとマリーちゃんが殺してしまった被害者の方々は……?」


「ギルド関係者。まぁ、このギルティアにおいてそれは特に珍しいことではないわ。問題はそこじゃないの。マリーちゃんが殺したと証言する2人、いえ被害者の全員が他国から追われる『罪人』だったってことなの」


 悩ましげに唇をなぞり、テレサは困り笑いを浮かべた。


「人攫いの奴隷商人から強盗団の首領、違法な取引を持ちかける武器商人に人体収集癖の変態殺人鬼などなどね」


「じゃあ、マリーちゃんは……良い通り魔……ってことですかね?」


「阿保、人殺しに良いも悪いもあるか。人の道を外れ、人の人生を奪った者は総じて悪人じゃ」


 この世界において殺人に対する倫理観は薄い。


 国同士の戦争や国内でも内乱が起こるこの世界、ギルティアとて例外じゃない。

 ギルド管理協会という組織があれど毎日、どこかしらかで人死は出ている。亡骸の入った麻袋、ドス黒い血を滴らせ運ばれていく様をユウもここに来てから何度か目にしていた。


「とは言ってもね〜……一般人を無条件に守ることはできても被害者がギルド関係者の場合、協会は正式な訴えがない限り首を突っ込むことはできないのよ」


「てことはマリーちゃんの件も?」


「そりゃあね。この国の頂点に立とうとしているギルド関係者が私たちに助けを求めるなんてまずないわ。それは自分たちは弱者なんで守ってください〜なんて言っているようなもの。あなたたちの噂がすぐに広まったようにこの国でそんな醜態を晒せば他ギルドからも見下される。沽券に関わるってもんだわ。だから警邏隊のことだって協会は何の関与もしていない。もし、マリーちゃんの罪を裁くのならば警邏隊の仕切り役、ヨーコさんたちの属するフェーシエルしかないわね」


 この国に警察などと言った治安維持を目的とする国家権力はないことはわかっていた。

 ベラムの殺人が黙認されているようにユウの世界で言う犯罪者たちは何の縛りも受けず、野放しにされている。

 だが、それでも。ユウはそれでも納得ができない。国の決まりが、世界がなんだ。そう言った罪と向き合わず、のうのうと暮らしている奴らがいるからこの世は腐ってしまったのだ。マリーとて小さな少女とはいえ、己の罪と向き合うべき。でなければ、善悪の判断に疎い幼子を大人が真っ当な道に導いてやらなければこの世の腐った種は払拭できない。


「それでもダメじゃ。この国がダメならば他国に行ってでもこの子の罪をーー」


「ーー無駄だと思うわ、それ。他国から追われる罪人ならともかく、マリーちゃんが罪を犯したのはこのギルティア内のみ。外国にこの子の罪は裁けない」


「うぅむ……」


「ユ、ユウちゃん……顔怖いですよ……」


 長い問答、尚も引き下がらず厳しい顔つきの解れないユウにテレサは目を瞑り、深いため息をついた。


「頑固ね、あなたも。マリーちゃんだって反省してないわけじゃないわ。あなたたちに背中を押され、教会に来た彼女は自分の罪を洗いざらい話し、どんな厳しい問いかけにも涙ひとつ溢さず答えてくれたわ」


 俯き、不安そうな顔で床を見つめていたマリーの銀髪が微かに揺れ動いた。


「協会は正式な訴えがない限り、被害者がギルド関係者の場合は動かないし、罪を裁かない。普通ならね。でも、マリーちゃんは自分から罰を与えてくれと言ったの」


「……言わないで」


 顔を上げ、懇願するような瞳を揺らし袖を握ったマリーにテレサは静かに首を振った。

 そして、優しくマリーの袖を捲り、テレサは何かを我慢するように下唇を噛んだ。


「彼女の希望よ。協会が要注意人物に与える中でも重い罰。子供にかけるような拘束魔法じゃないわ」


 露わになったマリーの白く細い腕。そこには鎖のような黒色の紋様が微かに発光していた。それは両手首だけにあらず、マリーの両足首にも同じものが見られる。

 一見してユウの脳裏によぎったのは罪人にかけられる手錠。金属が擦れる音、手首を締め付ける嫌な感覚。昔のことがつい昨日のことのように思えるほど嫌な形をしていた。


「これは『断罪の約錠』と呼ばれるもの。協会の規約に反することをした者を強制的に従わせる魔法。定められた約束を破ろうとすれば約錠が手足を締めあげる。ギリギリと、それは道を正すまで血が流れようが続き、完全に違えてしまえば手足を切断するにまで至る拘束。マリーちゃんには勿論、伝えたわ。それでも彼女は逃げなかった」


 マリーの服を戻し、テレサは真剣な眼差しをユウにぶつける。


「あなたにはわかる? 彼女の決意が。罪から逃げず、あなたに許してもらおうと認めてもらおうとした彼女の気持ちが。……これでもあなたはまだ彼女が反省してないって言える?」

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