姉妹のように、家族のように
ヨーコの問い、視線は真っ直ぐに固めたままユウは言葉を紡ぎ出す。
「一切の無駄な犠牲を出さないように無為に人死にを出すようなこの世を直したい。子供染みた野望かもしれないが、人々が歪む合うことのない年齢も性別も人種さえも垣根を超えた、皆が手を取り合い助け合っていくようなそんな世界にワシがこの世を変えたい、いや変えてみせる」
「……あんたが庇ったその殺人鬼がそのまさに無為な人死にを出した張本人だと思うが」
「マリーもまた、この腐った世の犠牲者じゃ。しかし人の道を外れてしまったのも事実。犯した罪の罰は受けるべきじゃ。善悪の区別もつかない幼子でありながら罰を受ける……こんな悲劇が起きないように変えていくのがワシがこの世に生まれ落ちた役目だと思っとる」
「綺麗事も甚だしい、まさに夢見る少女。それも破綻した甘っちょろい夢だ」
「そう思われても仕方ないじゃろうな。ワシとてそう思うじゃろう。昔のワシならまず思いもしなかったことじゃ。お前のように鼻で笑っとったじゃろうな」
納得した否かはわからない。口を一文字に結び、しばらく厳しい目つきでユウを見つめていたヨーコは後ろで結わえた焔のような赤い髪を翻して背中を向けた。
「あたしらがどういう者なのかわかってはいるんだろ?」
「あぁ、知り合いに聞いた。上級ギルドのーー」
「ーー結社フェーシエル。今回の件であんたはそれを敵に回したんだ。名前ぐらいは覚えときなよ」
コツコツとブーツの音を響かせてヨーコの背が遠ざかっていく。ビスチェもまた、ユウ達をひと睨みしてその背を追っていった。
「敵にはならないことを望んでいたんだけどね」
去り際にヨーコがそう口にしたのをユウ達は知らない。辛うじてその小人のため息程の小さな呟きを聞き取れていたビスチェも目を伏せ、それを聞き流したのであった。
「それで……マリーさっき言っとったことは本当か?」
ヨーコ達の姿が消え、しばらく辺りに静寂という休息の間が訪れた時、思い出したようにユウはマリーの頭を小突く。
「……?」
首を傾げるマリーにユウは神妙な顔つきで事の真意を突き止めようと膝を曲げ、しゃがみこんだ。
「さっき言ったじゃろ。11人も殺してない、と」
「え? そんなこと言ってたんですか?」
「マリーが殺したのは2人だけ」
人形の如く無表情な顔だが、その瞳の奥に曇りはない。偽りもない。
「なぜそう言い切れるんじゃ」
そう問うとマリーはおもむろにユウの髪を手のひらですくって小さな口を動かした。
「ママと同じ色の髪、ママみたいにキレイな人はそんなにいなかったから」
記憶障害を患ったとはいえ、断片的な記憶はまだマリーの脳内に刻まれている。憎み、恨み、そして大好きな母親の詳細な顔立ちは忘れてしまっていても朧げだが確かにマリーの頭には存在している。
「ワシと同じ髪色か……」
「亜麻色の髪、ユウちゃんみたく可愛い女の子……う〜ん、確かにあんまり見かけませんね」
「その2人の中に真っ黒な髪をした女はおらんかったか?」
それは浴場でヨーコ達より問われたもの。素性は知らないが、確か名をグレタと言ったか。
「いない。ママの髪は黒じゃないから。暗くてもマリーは間違わない」
「……ユウちゃんこれって」
小さな顎を撫で、ユウは頷いた。
「ヨーコ達が追っとるのはマリーじゃない、濡れ衣じゃ。それに……」
「マリーちゃんの手口を真似た模倣犯がいるってことですね。こんなちっちゃい子の影に隠れて殺人を働くなんて酷すぎます!」
「じゃが、いったい誰が何のために……」
「そのグレタさんを殺して得をする人……いったいグレタさんって人は何をしていた人なんでしょうか?」
「わからん。わからんが……あまりいい奴じゃないじゃろうな」
「へ? なんでわかるんですか?」
ユウは浴場でグレタの件を聞かれた時のことを思い出す。厳しい突き刺すような眼光の奥深くに何か後ろ暗いものを隠している、そう感じた。それもユウがヨーコの勧誘を断った理由でもある。
「まぁ、なんじゃ勘じゃ」
「え〜……」
「なんにせよ、考えるには情報が少なすぎる。後じゃ後々。それよりもワシらにはせんくちゃならないことがあるじゃろ」
さっぱりとした態度で気持ちを切り替えたユウは腰を上げてマリーの頭に手を置いた。
「マリー、お前は子供じゃ。だからといって犯した罪からは逃れることはできない。後悔したところで遅い、もうすでに起こってしまったんじゃからな。わかるな?」
マリーは迷いなく首を縦に降る。
「おし、それでこそワシの娘じゃ」
「じゃあ、わたしはマリーちゃんのお姉ちゃんになります!」
「あぁ? お前はワシとさして歳も変わらんじゃろ。ワシが母親ならその姉妹のお前は『叔母さん』じゃ」
「えー! なんか嫌ですよその呼び方!」
騒ぐシュシュにユウの顔に自然と笑みが漏れ出る。それにつられてマリーもまたクスクスと静かに笑った。
それは暗闇に潜む切り裂き魔の不気味な笑い声ではなく、幼い少女らしい純粋無垢な心からの声。
示し合わせたわけでもなく、ユウとシュシュはマリーを挟むように手を繋ぎ、マリーの罪を洗い流す為、ギルド管理協会へ向けてゆっくりと歩き始めた。
霧は晴れ、不気味に顔を覗いていた月はいつの間にか消えている。白んだ空の下、3人の影が本当の姉妹のように仲良く並んで伸びていた。