愛しています
「なんで! どうしてですのお姉さま!」
快活豪快に笑うヨーコにビスチェは問い詰める。
「なんで? う〜ん……なんでだろうかね〜」
「た、大した理由もなく、ですの!?」
「強いて言うならば『ここで殺してしまうのは惜しい』と思ったからさ」
力量は明らかにヨーコが勝る。
その状況に臆せず、立ち向かったユウらは素直に賞賛を送るべきだと直感的に首を刎ねんとする刃を止めさせた。
浴場で見たあの揺るぎない意思を秘めた瞳の光は鈍ることなく一層に輝き、ユウの言う通り首のみになっても喉元目がかけて飛んでくるのではないかと警戒してしまうほど。
「惜しい? こんな弱者にお姉さまは何を感じたと言うんですの?」
「はっはっ、ビスチェ。あんたももっと精進しないとだね」
ヨーコは文字通り姉らしくビスチェの頭をぽんぽんと二、三度軽く叩く。
「ベラムのやつもさ、あたしと同じようなものをこの子達に感じたんじゃないかなって思うよ。確かにビスチェ、あんたの言う通りこの子達は弱い。きっとベラムを殴り倒したって言うのも噂好きの誰かがついた大ボラさ」
「ありえませんわ……見逃す? 目の前に敵がいるのに。これでは閣下に何と言えば……」
ヨーコの言葉など耳に届いていないのか、ビスチェは俯き険しい顔で呟き始める。
「でも、なんだろうね〜。瞳の奥に宿る闘志は本物だよ」
目を細め、柔らかな笑みを見せたヨーコの横でビスチェは髪の中から鋭い針を取り出した。
その目には明確な殺意が。まるで何かに責め立てられるような怯えの混じった使命感が垣間見える。
「わかりました。お姉さまが殺さないのであればわたくしが手を下すまで」
呼吸さえ苦しくなるような緊張感が辺りを包み、ユウが再び迎撃の構えを取った時、ビスチェの襟首を掴んでヨーコはそれを止める。
「うわぁ〜ん! 何をするんですの! これは、これはお姉さまの為を思って! お姉さまができないと言うならば進んで手を汚すのはわたくしの使命、役割でーー」
「あんたもつくづく大バカだね!」
手足をバタつかせ、拘束から逃れようとするビスチェをヨーコが一喝。キンっと耳鳴りを起こし、目の前にいたユウ達も萎縮させる怒声にしなしなと空気の抜けた風船のようにビスチェはその手を力なく落とした。
「いいかい、ギルド所属者もしくはそれに内通するもの以外を殺すのはご法度だよ」
「……そんなの規約と言う名のただのマナーみたいなもんじゃないですの。法律じゃありませんわ」
「それでも協会が知ればあんたは罰を受けなければならないよ」
「わたくしなら協会にバレる前にこいつらを処理するなんて造作もありませんわ」
ゴッ! っと鈍い音を立ててビスチェの脳天に拳が振り落とされた。
それを見て何かを思い出したか、マリーがユウからそっと離れてシュシュの裾を怯えたように握る。
「あんた反省してるふりしてしてないね?」
「だって……これはお姉さまの為を思って……」
「あたしのため? いいかいビスチェ。この子達はベラムの一件があってから良い意味でも悪い意味でも目をつけられてんだ。この狭い路地裏だってどこに目や耳があるかわからないんだよ。あんたがあたしの為って言うならさ、そんなつまらない事であたしの元を離れるな。あたしにはあんたしかいないんだからさ」
「…………お姉さま、愛してますわ」
ジンと胸を打たれたような、目を見開き顔を紅潮させ想い人から告白を受けたようなそんな顔で数秒。ヨーコの顔を見つめていたビスチェは叱られているのを忘れたようにその身をヨーコの懐に預け、小さな身体で力一杯抱きしめる。
「な、なんじゃ。ワシらはいったい何を見せられとるんじゃ……」
「わ、わかりません。でも、なんか禁断的な何かを見せられている気がしますっ!」
唖然とするユウに鼻息を荒げ熱を帯びた目でそのやり取りを眺めるシュシュ。
困ったような照れ笑いを浮かべてこちらに向き直ったヨーコは鼻の頭をかきながら言う。
「うちのもんが悪かったね。これでも根は素直で優しい子なんだ」
「いやぁ、ワシは気にせん。というよりも、仇を庇う輩を目の前に好戦的になるのは仕方ないじゃろ」
「そうかい、そう言ってもらえると助かる」
「お姉さまの温もりを感じる……幸せ……」
「そろそろ離れな、暑苦しいよ」
「あぁ〜ん、お姉さまのいけずぅ〜! わたくしはお姉さまの物、一時も離れませんわ」
頭を抑えて無理やり引っぺがされたビスチェ。不満そうに唇を尖らせる彼女を尻目にヨーコはジッとユウの目を覗いた。
「なぁ、シュシュちゃんを無事にあんたの元まで護衛し送り届けたんだ。その礼ぐらいは貰ってもいいだろ?」
「なんじゃ、マリーならやらんぞ」
身構え、マリーの前に立ちはだかるユウとシュシュにヨーコは顔の前で手を振ってそれを否定する。
「前に浴場で言ったろ? あんた達に野望があるって。その野望とやらを聞かせてもらえないかい?」