拒絶
「聞き違いだったと願いたいね。あんたがただの死にたがりなら別として」
「ならもう一度言ってやるわ。嫌じゃ」
説得するような口調。だが、腰にさした軍刀に手をかけ、いつでも斬り殺す準備ができていると言わんばかりのヨーコをユウは見逃さない。
マリーが復讐に生きていたと同じくヨーコもまた同様。復讐は復讐を呼ぶ、そう教示されている気分だ。
「なら、聞いて差し上げましょうか? 何故? その殺人鬼を庇ったところであなたたちに利はないと思いますが……まさか、戦いを通して情が移ったなどと世迷い事をーー」
「そうじゃ、その通りじゃ。ワシはこの子に罪を反省し、真っ当な生き方をしてほしいと願っとる。事情も聞かず、幼子を殺めようとするお前らには渡せん」
「あたしらがその子を殺すなんて言いがかりはやめてほしいね。あたしらはこの街、国の平和のためにその殺人鬼の罪を裁こうとしているだけさ」
「ならば、約束せい。絶対にこの子を殺さんと」
返答は無言。
それどころかヨーコの纏う殺気が増したような気がした。ピリピリと肌が焼けるような感覚。空気は張り詰め、思わず足が半歩後方に動いた。
「罪人は庇うつもり? その殺人鬼は何人の人を殺したと思ってますの? 11人、この数の罪深さがわかりませんの?」
2人がマリーのことを一度も子供と表現しないのに気付いた。
「庇うつもりはない。殺人に問わず、罪を犯した者は裁かれるべきじゃ。それは大人、子供関係なく全員が平等に」
「なら、なぜあんたはそいつを」
「お前らはただの復讐者。裁くのは個人の恨みではなく、国民じゃ。お前らじゃない」
尚もユウは食い下がる。
実力差は歴然。戦いが始まれば立ち所に首を刎ねられてしまうのは明らか。
だが、この小さな少女が殺される。いや、もっと酷いことをされる可能性を黙って見ているわけにはいかなかった。例え、それが罪人だとしても。
「よくはわかりませんが、ユウちゃんがそう言うならわたしも」
唖然とその光景を見ていたシュシュが覚悟を決めて死地に踏み出した。
ユウと並ぶように、マリーを守るように立つその顔に怯えはない。
「……あんたらバカだよ」
フォンッ!!
っと風を切る音、目の前を何かが通り過ぎた。
僅かな間を置いてユウの前髪の何本かがハラハラと地面に落ちていく。
「お姉さまの太刀筋が見えまして? 拒んだところで結末は同じ。なら、生きてお家に帰りたいとは思いません?」
無造作な自然体から繰り出された一太刀。ヨーコの右手に握られた軍刀が不気味に光る様を見て、ユウらは気付き唾を飲み込んだ。
「次は斬る。これが最後の忠告だ。……その殺人鬼を渡してくれるかい?」
「人殺し人殺しと言うが、お前は何人の人を殺した。その刀、その剣技はそう簡単には身につかんじゃろう」
小さな火球がマリーへ目掛けて飛んでくる。
「うぅっ!」
寸前のところでマリーを庇ったシュシュが肩でそれを受けた。滑らかな肌がジリジリと焼け焦げ、シュシュはマリーを抱きながら苦悶の表情を浮かべた。
ビスチェの放った火炎魔法。この世界に来て初めて目にする魔法。何か聞き慣れない言葉を呟いていたかと思っていたが、まさかそんなものが飛んで来るとは思わず反応が遅れてしまった。この場にシュシュがいたのが不幸中の幸いと言ったところか。
「すまんの、シュシュ」
「い、いえ、全然です! こんなの痛くもないです!」
「ワシら2人なら殺される前にこの子を逃がすことは造作もない。例え、首だけになってもお前らの喉元に噛み付いてやるわ」
「……聞かなくても予想できるが、返答を聞かせてもらえるかい?」
ハッタリだ。
ヨーコの太刀筋もビスチェの魔法も何もかも目で捉えることもできていない。
命を落とすのは必然。にも関わらず、ユウの口がシュシュの口が同時に動く。
「断る!」
「お断りです!」
ヨーコの腕に力が込もる。
足を踏み出し、その首を取らんと。
「マリーは11人も殺してない」
その一瞬に小さな声で呟いたのをユウは聞き逃さなかった。
グッと目を見開き、ユウはその太刀を見逃さんと、殺されてもただではおかない。全身に力を入れてせめて刺し違えてもこの少女を守ろうと死を覚悟して凶刃が首を断ち切るのを待った。
「…………はぁ」
待てどもその時は来ず、代わりに聞こえてきたのはヨーコの深いため息だった。
いつの間にかユウの首元まで迫っていた軍刀を収め、ヨーコは前髪をグシャっと握る。
「呆れた。本当に避けようともしないなんて思いもしなかった。普通、ちょっとはビビって身体が下がるもんだろ」
「お、お姉さま?」
ヨーコの奇行にユウ達だけではなく、ビスチェさえも目を何度も瞬かせて狼狽えている。
「ユウもシュシュちゃんもさ、あんたら本当にバカだよ。バカもいいとこ大バカだよ」