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鉄拳制裁


「子供を叱る時はのぅ、ゲンコツ。やっぱりこれが一番じゃ」


 月明かりに照らされ、ユウの背後に伸びる影。その影より水面へ浮上するよう静かに現れた銀髪を見下ろしながら誰かへ教示するわけでもなく呟く。

 これだけの血を流した甲斐があった。おかげで僅かな音により襲いかかってくるタイミングが掴めた。

 影を移動しているのでは、なんて半信半疑ではあったが、当たりは付いていたからこそこうして目にすることができた。何にせよ、自分の陰から人が現れる様はあまり気持ちの良いものではない。

 ユウはその頭が自分の膝ぐらいまで浮き上がるのを待つ。


「……え? なんで?」


 影を潜み、獲物の背後に忍び寄ったつもりでいたマリーは銀色の髪から血の雫を滴らせて顔を上げる。その先で不可思議にも対象と目が合ってしまったのだ。

 困惑が思考を停止させる。

 


 ゴチンッ!



 硬い物同士がぶつかる音。

 ユウの拳が振り下ろされた重たい一撃。それがマリーの脳天を叩いた音だ。


「ミィッ!!?」


 子猫の鳴き声のような可愛らしい悲鳴を上げてマリー。その目にじんわりと涙が浮かんだ。


「今の世じゃやれ暴力だなんどと騒ぐがのう、ワシがガキん頃は悪いことをしたらこうして殴られたもんじゃ。自分の親だけじゃない、友達の親にも道をすれ違ったおっさんにも見ず知らずの大人たちに悪いことをすれば怒られ、そして見守られてきた」


 おかしい。

 マリーはジンジンと痛む頭を手で押さえながらまたも影に潜り込む。殴られた場所がボコっと大きなたんこぶを作っていた。


「甘やかされた代償にお前は人を殺すように育ってしまったんじゃ。ならば、ガキのワシを散々殴りおった大人たちを習いワシもそうしようじゃないか。ワシはお前のママなんじゃろう。なら、鉄拳制裁なんて軽いもんじゃ。本当のママはもっと怖いからのぅ」


 なんでこの人は背中を刺されたのにこんなに元気なんだろうか。

 なんでこの人は自分が影を潜って移動していることがわかったのだろうか。

 なんでこの人はーー。

 頭を飛び交う疑問は数知れず、マリーは困惑する頭のまま次はユウの背後に伸びる建物の影に移動し、顔を覗かせては殴られ、次なる影から顔を覗かせては殴られ、と最早地上に姿さえ現すのを許してくれようとしない。


 マリーの授能は左手で触った物、人、動物の影から影へと移動することのできる能力。

 ただし、移動できるのは最後に触った物から10個までという制約がついている。つまり、ユウを触ったのが一番最近に左手で触った物から10個目であれば、今まで尽く失敗した移動先の他に新たな影への移動先を作ったならユウの影へと移動するメモリーは消えてしまう。


 まさに今、その状況。

 ユウを仕留めんとあらかじめ触っておいた移動先はモグラ叩きの如く、頭を出すたびに叩かれもう他に地上へ戻る先がない。結局、新たな移動先を作るにしても一度は地上に出ないといけないため、八方塞がりのようなものだった。


「うぅ……なんでぇ……?」


 深淵の闇に迫る真っ暗な影の中、マリーは今にも泣き出しそうな顔でそう漏らす。


「あぁ? どうしたもう終わりかの? ワシはその昔、モグラ叩きのユウ……いや、もう過去のことを語るのはやめよう。ワシはもう勇三郎じゃない。このギルティアに住む1人の少女、ユウなんじゃからの」


 セルシオとの約束、シュシュとの盃。様々な事がユウの心に踏ん切りをつけさせた。

 何より、自分がいなくても鮫島組には鰐淵という若頭を筆頭に頼りになる仲間がたくさんいる。今更、自分が帰ったところで何ができるというのだ。

 ならば、自分はこの世界で勇三郎ではなく『ユウ』として自分がしなくてはならないことを成し遂げようと決心した。


「……やっぱり子供は子供じゃの。これだけ叩きのめされても馬鹿の一つ覚えみたいに背後に回り込みたがる」


 またも、背後から忍び寄ろうとしていたマリーの頭にゲンコツを叩き込み、ユウは呆れたように首を振った。

 別にマリーの授能の全てを理解したわけではない。ユウが気付いたことと言えば影を移動しているということだけ。影移動のメモリー云々もメモリーを作る方法もてんで検討なんて付いているはずもない。

 マリーの仕掛ける奇襲を予め察知する事が出来ているのは言うなれば単なる勘。いや、マリーの性格を鑑みた上で決まりきった背後の影に注意を注いでいるだけである。もしも、マリーが少しでも気を衒いユウの真正面に姿を現したとしたら不意打ちの一度ぐらいは成功したのかもしれない。


「もう嫌……」


 最後にこれでもかと頭にゲンコツを貰いながらも何とか地上へ這い出たマリーは大粒の涙を零し、久しぶりの地面に頬をつけて倒れ込んだ。

 石の床はひんやりと冷たく、ズキズキと熱を帯びて痛む頭とは対象的に酷く心地よく感じた。

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