足音
◇◇◇
古びて軋む扉が静かに閉まる音。
シュシュはシーツを巻き込むように寝返りをうった。
「なにが心配はいらんですか……なにが姉妹ですか……なにが……約束を破って……ユウちゃんなんか……」
そこまで言葉を紡いでシュシュは唸り、頭まですっぽりとシーツを被った。
さすがのシュシュとてユウの様子がおかしいのにも関わらず、呑気に寝息を立てるほどお気楽じゃない。一向に目を瞑らず、天井を見上げていたユウを横目で確認し、見守っていた。
「わたしってそんなに足手まといですか? わたしってそんなに信用されてないんですか? ……ユウちゃんの言う姉妹ってお互いの命を守り合う友情以上の絆で結ばれた仲じゃなかったんですか?」
シーツを握る手に力が入る。
目に涙が浮かぶ。
あの日、この廃れた教会で盃を交わしたあの時を思い出す。
「……ムカつく。ムカつくムカつくムカつきます!」
睫毛にたまった涙を乱暴に枕へ擦り付け、バタバタと手足を動かし暴れまわる。
置いていかれたのもそうだが、何より何の相談もなく、姉妹姉妹と言いながら実際は自分のみが一方的な信頼を寄せていたという事。ユウは自分のことなどせいぜいギルドを作るための頭数ぐらいにしか思っていないのであろうことに。
「危険だから? わたしがケガするからとか綺麗事でも言うつもりなんですか? それでも姉妹なら助け合うのが普通じゃないんですかねー!!」
怒りのままに枕をぶん投げる。
部屋の隅で火を灯した燭台が倒れる音がした。
「あわわわわ!」
慌ててベッドから飛び上がり、枕に燃え移る火に水瓶の水をかけ、シュシュは小さくため息を吐いた。
涙に濡れた枕は黒い焦げを作り、見る影もない。焦げた床に丁寧に水をかけ、思い出したようにシュシュは髪をクシャクシャとかき乱した。
「わかってます! わかってますよ! わたしが足手まといなのは! 頭だってよくないし、力も強くない! 出来ることといえば鉄球を手から出すなんて役にも立たないことだけ!」
足元に転がっていた燭台を蹴ろうとするが、空振り。勢いよく尻餅をついて唸る。
「……も〜〜〜〜うっ! ムカつきます! 頭にきました! 今すぐ、ユウちゃんを追っかけて平手打ちの一発でも食らわせてやらないと腹の虫がおさまりません!!」
寝間着を豪快に脱ぎ投げ、外出用の衣服に着替える。故郷の村から大事に持ってきた刺繍入りのブラウスに赤いショートパンツ。丈夫な革製のブーツを履き、仕上げにふわふわの桃色の髪をサイドで結わえて完成。
「へへんだ。わたしだってやるときはやるんですからね! ユウちゃんが反省するまで小言だってなんだって言ってやります! 姉妹だって言うんだったらユウちゃんの無謀っぷりを咎める権利は当然なんですから!」
怒りを現すようにシュシュの結わえた髪が激しく揺れる。
もう迷いはない。
信用がないなら勝ち取ってやる。
思うままに扉を開け放ち、深夜の街へと繰り出す。
繰り出したが……
「あ、あれ? ユウちゃん?」
葛藤が長すぎたか、それとも火消し、もしくは着替えに手間取ったかユウの姿はそこにない。
見渡す限り闇。
元々、街灯もまばら暗い路地ではあったが、夜の帳が下りたギルティアの街はシュシュの想像以上に暗く感じた。
暗がりなら田舎育ちであるシュシュならば造作もないことかと思われたが不気味な霧、隣に誰もいない状況。それらが一層に恐怖で足をすくませる。
「あ、あの〜……ユウちゃ〜ん!」
先程までの威勢は何処へやら、弱々しい声で怒りの矛先であった人物に呼びかけるがそれは深い霧に吸い込まれるようにかき消されてしまった。
「うぅ〜……本当に置いてっちゃったんですか? 実はユウちゃんも怖くなって物陰でわたしが出てくるのを待ってたりなんて…………なんでしてないんですか!」
怒りと恐怖が複雑に入り混じり、意地が邪魔をして引き返すこともできず頼りない足取りで霧の中を進んでいく。
視界は最悪。
必死に目を凝らし、ユウの姿を見逃さぬよう仕切りに首を動かす。
数分、進んだところで立ち止まり空を見上げる。
霧がかった空に浮かぶ満月。何故だかそれが酷く不気味に思えた。
「ユウちゃんは通り魔事件を追ってるんですよね……なら大通りに出たって……」
道は2つ。
このまま進み、大通りに抜けるか。もしくは小道に逸れてここよりももっと暗く不気味な路地裏へ足を向けるか。
悩みに悩み抜いた結果、ゆっくりとシュシュは暗い路地裏へ向けて歩みだした。
生活排水による汚水の臭いもさることながら暗く狭い路地裏はシュシュの身を固まらせるには充分。
角から誰が飛び出してきてもおかしくない状況。それこそ件の切り裂き魔が襲いかかってきても。
「……まさか、わたしが切り裂き魔に襲われるなんてことありませんよね? わ、わたしそんな狙われる覚えないですし、とびきりの美少女ってわけでもーー」
ーーコツコツコツコツ。
配管から水滴が落ちる音に混ざって気付かなかったが、確かにシュシュは聞いた。
足音。足音が迫ってくる。
「ほ、ほんとにににに……?」
あまりの恐怖に歯がカタカタと鳴る。
顔面は蒼白、逃げることさえ忘れシュシュはその場にしゃがみ込み肩を抱いた。
コツコツコツコツ。
だが、足音は止まない。
確かにシュシュの背後からそれは近づき、やがてすぐ後ろまで来てそれは止まった。
振り返ればユウが立って笑みを浮かべているかもしれない。そう考えながらも頭を切り裂き魔のことで埋め尽くされる。
ふるえる肩に生暖かい手が乗せられた。
◇◇◇