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2つの誓い


「あの……何か悩み事ですか?」


 さすがのシュシュもそれは見逃さない。いやむしろ、人を気遣う心は人一番強い彼女だ。あまりの正直さ故に人の地雷を、主にテレサの地雷を踏んでしまうことは多々あるが、そろもまた相手のことを思っての行動。例え、それが無自覚に人を苛つかせてしまうような言動だとしても。


「あぁ、そうじゃのぅ……」


「い、いえ、そうじゃのぅじゃなくてですね……」


「私がちょっと言い過ぎましたかね? いや、10年前に先立ってしまった妻も時折、機嫌が悪いというか、変に苛立つことがありましてね……いまでもそれがなぜなのかーー」


「フランクさん、セクハラです」


「は、はい?」


 シュシュの咎めんとする意味が理解できず、フランクは困惑と同様が混じった複雑な顔で目を瞬かせた。


「あの、ユウちゃん! ユウちゃん大丈夫ですか!」


 身体を揺さぶられ、手から口つかずの冷めたメンチカツがぽろりと手からこぼれ落ちた。

 石畳みに転がるそれを見つめ、ようやくユウはシュシュと目を合わせる。

 虚ろで目の前のシュシュではない誰に向いているのか、定まらない瞳。そこにいつものような意志の強さと快活な光は見られない。


「ご、ごめんなさい!」


「あぁ、私の自慢のメンチカツが……」


 言わずと知れた貧乏人の2人。

 慌ててメンチカツを汚れた地面から救い出したシュシュはふぅふぅ、と小さく息を吹きかけてユウの手元にそれを戻した。


「おぅ……どうやらちっと体調が優れんみたいじゃ」


「だ、大丈夫ですか! 今すぐくぅちゃんの所に! ユウちゃん死なないでください!」


「お、落ち着いてくださいシュシュさん!」


「落ち着いてなんかいられませんよ! だってユウちゃんが死んじゃうかもしれないんですよ! 流行病はたまた原因不明の重病かもしれません!」


「いいから! ユウさんから手を離して!」


 慌てふためくシュシュをカウンター越しに宥め、フランクは小さく息をつく。


「きっと疲れでしょう。怪我した身体で無理をして毎日のように過酷な労働に精を出していたんですから疲れて当然です。2、3日はゆっくり休んだ方がいいかと」


「医者でもないのに何がわかるんですか!」


「わかりますよ! 日に日に痩せこけていく顔……きっと食事も充分に取れていないのでしょう」


 ここ最近、2人が口にしているものといえば朝食に取る安物と固いパンと労働後に食べるフランクのメンチカツぐらいなもの。

 図星とはいえ、納得できない点がシュシュにもある。


 確かに体格的に見ればシュシュよりも痩せ型であるユウだが、果たしてどんな怪我しても立ち所に回復してしまうほど頑丈な身体を持ったユウが自分より早くに参ってしまうことがあるだろうか。


 いや、それはシュシュの思い込みで意地を張っているだけで本当は身体の弱い少女なのかもしれない。

 ただ、どうにも納得ができなかった。


「シュシュさん、今は私の言うことを信じて安静にさせてあげてください。もし、それでも体調が優れないようなら病院にでもなんでも」


「……わかりました」


「落としたメンチカツは今度、ご来店した際に代わりの物を差し上げます。勿論、快気祝いとしてシュシュさんの分も」


「……ありがとうございます」


「悪いのぅ、フランクもシュシュも」


「いえいえ、お大事になさってください」


 シュシュに手を引かれるようにしてユウ達はその場を去っていく。

 そこにはいつものような和気藹々とした雰囲気はなく、身を案じ俯き気味のシュシュと心ここに在らずぼんやりと視線を彷徨わせるユウの間に重苦しい空気が流れていた。








「約束を破ってすまん、シュシュ」


 街が眠りにつく夜更け過ぎ。

 硬いベッドの上、すぅすぅと小さな寝息を立てるシュシュの髪を撫でユウは呟く。

 体調が悪いなど口から出まかせに過ぎない。ユウの頭は今朝の死体を見てから通り魔殺人のことでいっぱいだった。

 

 金のためなんかじゃない。


 単純に人を殺しておいてのうのうと生きている殺人鬼が許せなかった。

 きっとシュシュに言えば反対されるに決まっている。いや、怒り泣き喚き何がなんでも止めに来るだろう。


 だから、約束した。


 関わらないと。


 が、それは同時にセルシオの墓前で約束した『これ以上、セルシオのような犠牲者を出さない』というものを違わせてしまうことになる。


 死人に次はない。


 例え、シュシュと約束したことを破るのが悪いことだとわかっていてもユウはそれだけは守らなければならないと思った。


 男に二言はない。


 ユウにとってもこれは男としての価値を下げる辛く、苦しい決断だ。

 だが、もしも何とか説得して通り魔事件を追う許可が降りたとしてもシュシュが同行を求めるのは必至。それはなんとしても避けたかった。

 自分みたいな危険な道を自ら進んで歩いてきた極道もんとは違い、シュシュはただのか弱い少女。シュシュがユウに危険な目にあって欲しくないという思いと同様にユウもそう思っていた。


「必ず、ケリをつけて帰ってくる。なに、心配はいらん。ワシはユウちゃん、お前の兄弟いや姉妹じゃ。殺しをやったりもせん。お上に突き出して帰ってくる。……じゃあの」


 もう一度だけシュシュの髪を撫で、ユウは物音を立てないようにゆっくりと静かに外へ出る。

 今夜、満月。

 事件が起こった昨日の今日ということもあってか、周囲に人の気配はない。皆、恐怖心から外にでたがらないのだろう。


「こんな日に1人街を歩く女。絶好のエモノじゃろうが」


 不敵な笑み、悠々たる足取りでユウは独言ると路地裏の闇へと消えていった。






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