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死体を眺めて何を思う


◇◇◇



 意外にもヨーコと出会ってから数日、ユウが件の連続通り魔事件を追うことはなかった。

 いつものように労働に明け暮れ、日銭を稼いではお気に入りのメンチカツを食べて汚れた身体と汗を流しに浴場へ通う毎日。

 シュシュと盃を交わしたあの朽ち果てた教会は労働先で譲り受けた家具で見上げれば空が覗けるのは変わらないが、いつしか立派な2人の住処となっていた。

 不法入居には変わりない。しかし、人通りの少なく廃屋しか並ばないその裏路地でユウたちを咎めるものはいない。

 カビたベッドに並んで眠り、夢のためにと労働へ駆り出す日々は平穏に過ぎているかのように思えた。



「……酷い有様じゃのぅ」



 今日、この時までは。


 早朝、その日は荷物運搬の仕事のため住処を早くに出たユウは目の前に広がる惨劇の後を前に呟く。


 そこには一体の死体。


 路地裏の石壁に飛び散った大量の血液、必死に逃げようとしたのだろう。地面には重傷を負いながらも生きようともがいたような身体を引きずった跡がどす黒い血によって引かれている。

 瞳孔は開き、苦悶の表情を浮かべたまま死に耐えたその女の顔はその時の恐怖をそのまま残しているかのように。爪は割れ、口から噴き出した血が乾いて剥げ落ちている様は網膜に焼き付いてしまったかの如く、脳裏を離れない。

 女の柔肌を切り裂き、開かれた腹からは赤黒い臓物が溢れ、頭上に止まる鳥たちがそれを啄ばまんと狙っている。


「また切り裂きマリーの仕業だってよ……」


「ったく、警邏隊は何をしてんだよ」


「これじゃあ、おちおち嫁や娘を出歩かせることもできねーじゃねーか」


 太陽が昇りきる前、霧がかり白んだ空の下。早朝にも関わらず、疎らではあるが幾ばくかの野次馬の姿がある。

 口々に不満や怖れの声を漏らす人々に混じってユウは警邏隊の者たちが現場検証をする姿を黙って見送っていた。


「おら、見せもんじゃないぞ! 散れ、散れって!」


 警邏隊の1人が苛立った様を見せ、野次馬を追い払いに剣を振りかざし近付いてくる。

 蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していく人々の中でユウだけはただ、その場に残り無言で死体を見つめていた。


「おい、お嬢ちゃんも! ほら、向こうへ行けって!」


 力任せに腕を取られ、投げ出されるように無理やり背を向かされてもユウはその死体を見続けた。


 死体が物珍しくて見ていたわけではない。寧ろ、仕事柄、見慣れているぐらいだ。


「無念じゃったろうなぁ……」


「あぁ? 知り合いか? 知り合いだったとしても今は捜査の邪魔だ! 死体なら後で届けるからあっちに行ってろ!」


 己の無力を現すかのような連日に起こる切り裂き魔事件。口々に陰口を叩かれ、男も苛立ち疲弊していたのだろう。最後はユウの背中を蹴飛ばして強引にその場を離れさせた。


 悶々とした毎日を送っていた。

 ヨーコやビスチェに言われ、お気楽にそのことを忘れていたわけではない。

 自分の住む街で立て続けに起こる殺人。それをユウが何とも思わないわけがなかった。

 二度とセルシオのような犠牲者を出さないと宣言しておきながら無秩序に殺されていくのを眺めているだけ。こうして初めて被害者の死体を直視し、自分の不甲斐なさに胸が強く締め付けられる。

 忘れていたわけではない。逃避していたわけではない。


 堪えていた。


 もうこれ以上、シュシュに気苦労をかけまいと。


 淡い期待をしていた。


 きっとヨーコ達がすぐに解決してくれるだろうと。


「くそったれが……」



◇◇◇




「だから、何度だって文句を言ってやりますけどね〜! ユウさん? シュシュさん? 極秘情報だって言いましたよね? あなた達のせいで私はすっごい怖い目にあったんですからね!」


 運搬の仕事も終わり、夕刻。

 変わらず、店先に備えられたベンチに並んで座り、ブリスケット精肉店のメンチカツを食べていた2人につらつらと文句を垂れるフランク。どうやらあの日、風呂帰りのヨーコ達にこってり絞られたらしい。


「こうして! 喉に鋭い針を突きつけられて! さらには! 研ぎ澄まされた軍刀を胸に押し付けられて!」


 フランクは大きな身体を狭い店の中で大袈裟に動かしてその時の様子を怒りのままに再現する。


「また始まりましたよ……。今日でいったい何回めですか? それは悪かったってわたしとユウちゃんも謝ったじゃないですか!」


「謝って済む問題じゃありませんよ! 死ぬかもしれなかったんですよ!?」


「のくせに、ヨーコさんとビスチェちゃんに会えて感激だなんて言ってたじゃないですか!」


「そりゃそうですよ。あの『結社フェーシエル』の副団長ヨーコさんとビスチェさんに会えるなんて一介の低層国民である私が口を聞けるとは夢にも思いませんでしたからね」


「ならよかったじゃないですか!」


「良くないですよ! 死ぬかもしれなかったんですよ!?」


 食べかけのメンチカツを振り回してフランクと口論するシュシュの姿は最早、日常風景になりつつある。

 大体はユウの放つ誤魔化したような謝罪でフランクも泣く泣く引き下がるのだが、今日はそうもいかないらしい。


「……むぅ。だいいちフランクさんはおっきな身体の割に言うことも精神的にもちっちゃいんですよね。ねぇ、そう思いませんかユウちゃん!」


「ち、ちっちゃい!?」


「……ユウちゃん?」


 同意を求めるように視線を移したシュシュがユウの異変に気付いた。

 心ここにあらずといった感じで真剣に地面を睨み、手に持ったメンチカツはただの一口さえもつけられていない。あの大好物のメンチカツをだ。

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