結社フェーシエル
「ありえませんわ! 納得がいきませんわ!」
浴場を出て、脱衣所の中。
暗い青を基調としたワンピース、その上に重ねる大きな青いリボンの胸飾りが特徴的な黒革のジャケット。可愛らしさもありながら軍服を連想させる衣服に身を包んだビスチェは長い薄紫色の髪を2つに結わえながら地団駄を踏んだ。
「それは彼女たちがあたしの誘いを断ったことかい? それとも情報をぺらぺらと喋っちまったことか、もしくは……なぜ素性を明かさなかったのか」
ヨーコもまたベースはビスチェの物と同様、暗い青と黒色を基調にした軍服の様相を持つ衣服。ビスチェの物とは異なり、胸飾りの大きなリボンはない。またパンツスタイルなのがヨーコの持つ歌劇団のような精悍さと美しさをより一層に際立てている。
「全てですわ!!」
木製のロッカーを力強く音を立てて閉めるビスチェ。その様子に2人を避けるように片隅で着替えていた入浴客達がびくり、と肩を震わせた。
それはまるで極力関わりを持とうとしていないかの如く、または小動物が猛獣から身を隠すような、その鋭牙が我が身に襲いかからんことを願い身を隠す姿に酷似している。
「でも、一番はお姉さまの誘いを断ったこと。これだけはどうしても……ぐぬぬぬ……っ!」
わなわなと肩を震わせて怒りのオーラが辺りに充満していく。
殊更に怯え始める周囲、だがその姿をさして気にした様子もなく、ヨーコは軍刀を腰に差して仄かに濡れた髪を再度、入念にタオルで水気を取る。
「ビスチェはさ、あたしらが『結社フェーシエル』の人間だって言ったらあの子達は着いてきたかと思うかい?」
『結社フェーシエル』
言わずと知れたこの国に4つしかない上級ギルドの一角。『英霊殿』『グェン同盟』『ヴェルジニタ修道院』と並ぶ数少ない上級ギルドの中でも浅い歴史ながらその手腕とまごう事なき実力で今の地位を勝ち取った新進気鋭の団体だ。
このギルティアにおいて団長クリュエルと副団長のヨーコを知らないものはほぼいないと言っても過言ではない。挙げた功績は数知れず、またビスチェも副団長ヨーコの側近にして兵団の隊長、幼いながらも小さい身体で広い範囲に幅を利かせるある種の有名人であった。
「はい、絶対必ず確実に、ですわ! 所詮、人間なんて権力に弱い存在。後からわたくしたちのことを知って目に涙、媚びた態度に機嫌を伺うような口調で懇願しにくるのが目に見えて明らかですもの!」
「ん〜……あたしはそんな風に思わないかなぁ」
「はぁ!? なんでですの!? お姉さま正気!?」
「おいおい、そんな大きな声を出すなって。周りに迷惑だ。今のあたしらはこの大衆浴場に訪れたただの入浴客なんだよ。風呂場に上も下もない。服を脱ぎ、武器を置いて裸になれば皆、人間。同じ生き物さ」
「……大体なんでこんな下級ギルドの浴場に。浴場なら上層に立派なものがありますし、さらに言うならアジトにも……」
「あ〜……あんまり好きじゃないんだよね〜。豪華とかお洒落とかそんなもんは必要ないんだよ。風呂ってのはさ、質素で賑やかでいてどこか懐かしいようなそんなもんでいいのさ」
「……わたくしはこんなボロ屋より上の方がずっといいですわ」
錆びた金具、開け閉めするたびにキィと耳障りな音を鳴らすロッカーに湿気にやられて歩くたびに軋む木の床。
不機嫌そうにそれらを眺めるビスチェだが、それでもヨーコに付き添い一緒に入浴までしてくれるのは彼女がそれほどヨーコを慕っていると言うことだろう。
「それで、なんでお姉さまはアイツらが断ると?」
だからこそどうしても許せない。
自分ならまだしも事もあろうに姉と慕うヨーコの誘いを断るなど、もし仮にユウたちが入団すると返事をしてきていたら断固反対、拒絶するにしてもだ。
これ以上、ヨーコが他の人に目をかけるのはあってはならない。ヨーコには自分だけを見てほしい。
「あたしは言ったろ? あの子たちには何を言っても無駄だって。腹を決めた者はさぁ何を言ったってどんな物を用意したって振り向いちゃくれないもんさ。目を見てわかった。あ、こいつはダメだ。根っからの頑固者だってさ」
「ただの命知らず、バカなだけではないんですの?」
「あははは! そうかもしれないねぇ〜。なんせあのベラムを前にして逃げずに戦った奴だ。大体は心が折られ、廃人になるってのにまだ戦う気でいるよ、あの顔は」
「ほら、やっぱり……」
「まぁ、バカも頑固者も似たようなもんさ。ウチのボスだって同じだろ?」
「怒られますわよ?」
「あ、今のは内緒な! 絶対に言わないでくれよ! バレたら首を飛ばされちまう」
「言いませんわよ、お姉さまを売ることなんて絶対にしませんわ」
悪戯がバレた子供のように慌てるヨーコを笑い、ビスチェは口元を押さえてそう告げる。
「そいじゃ、気を取り直して今日もお勤めを果たしますか」
「機密情報に対する隊の姿勢を見直さないといけませんわね。捜査内容が犯人にバレてちゃ捕まらないのも無理ありませんもの」
ユウの口から出た言葉を思い出し、ビスチェはツンと口を尖らせた。
「それもあるが、あたしはどうもブリスケット精肉店ってのが気になるね」
「はい、今日はそこを調べてみましょう」
和やかな会話は終わり、瞬時に仕事態勢に切り替えた2人は身に纏う衣服を体現するように軍人らしき冷徹な顔つきに変わる。
歩く道は海が割れたように人々が避け、広がっていく。木の床を叩くブーツの音が遠くに去るまで脱衣所に蔓延した緊張はしばらく後を引いた。