勧誘の答え
「お姉さま! いったい何を!」
まさかこのような大浴場で噂は聞いていたが、今日初めて会う人間を勧誘するなど思いもせず。
ビスチェは驚愕と困惑に目を丸くし、ユウとシュシュの2人もそんな申し出をされるとは露ほども予想していなかった。
「あまりにも軽率過ぎますわ! 実力も定かではない人間をわたくし達のギルドに……だってわたくしたちのギルドはーー!」
何かを言いかけたビスチェの唇にヨーコは優しく指先を当てると小さく首を振る。
「ビスチェ、考えてみなよ。確かにユウたちの実力は噂程度でしか聞いたことがない。けどさ、もし仮に本当にあのベラムと渡り合う実力があったとしたら? そうじゃなかったとしてもこの子達がやめとけと言われて大人しくしているような人間には見えないんだよね。ただでさえ人手不足なあたしらのギルドだ。無謀無策でこの子達が犬死をするのを見過ごすくらいならいっそ有望な人材として抱き込んだ方がいい」
「……ですが、あまりにも突飛過ぎますわ。別にわたくし達のギルドに入団させなくともこいつらを死なせない方法なんていくらでも……」
「あぁ、そうさ。いくらでもある。この子達をあたしらのギルドに入れたいのは単なるあたしの希望、わがままさ」
ビスチェは眉間に皺を寄せて、ユウ達をちらりと見やる。
「わたくしにはとてもお姉さまが気に入るような輩には見えませんわ」
「はっはっ、わかってないねビスチェ。目を見ろ、あの内なる闘志を燃やした目。自分の目的のため、どんな強大な壁にも立ち向かおうとする意志の強い目だ」
「……そう言われましても間抜け面にしか」
「証拠にユウはあたしの目を怯えもせず睨み返してきやがった。友達を助けるためならなんでもする、そんな気迫がビンビン感じられたよ」
「常識知らずの怖いもの知らずなだけですわ」
何を言われても頑なに首を振り続けるビスチェ。
ユウ達の返答を聞きもせず、長い言い合いに発展しそうなところ。そうなっては困ると問答を繰り返す2人の間を割ってユウは差し出されたままのヨーコの手にスッと日焼けした手を伸ばし、
「悪いが、断らせてもらう」
きっぱりとそう告げて手を下ろさせた。
「…………はぁ!?」
意外にも先に疑問の声を上げたのはビスチェの方であった。
あれほどユウ達の入団を渋っていたにも関わらず、目は怒り声が上ずっている。あたかも『信じられない』と全身で表現しているようだ。
「……どうして断るのか教えてくれないかい? ビスチェのことだったら心配しなくていい。すぐに折れるだろうからさ。それに金のことだって……望むなら借金の立て替え、逆に今よりも裕福な暮らしだってーー」
「ワシらは金のために生きとるわけじゃないからのぅ。……いや、まぁ確かに今は金が必要じゃが……」
ヨーコの申し出はありがたいの一言に尽きる。
借金だけでなく、仲間もギルドもまとめて手に入る夢のような提案。
それでもただ1つだけやり遂げられないものがある。
「やり遂げないといかんことがある。お前らが掲げる目標と大きくかけ離れたワシらの野望が」
「はい、約束しましたから」
「シュシュ、お前は無理せんでええぞ? 行きたければワシに構うことはーー」
「『姉妹』ですよ、ユウちゃん。わたしたちはあの夜、姉妹になったんです。生きるも死ぬも全て同じ時に、ギルドだってこれからだって離れ離れは嫌です」
「シュシュ……」
熱の入ったやり取りをビスチェは白けた目でジッと見つめた後、呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。
「ありえませんわ。せっかくお姉さまが……普通断るかしら?」
「フラれちまったか……逆にあたしらの方がこの子達のお眼鏡に叶わなかったわけだね」
微笑ましいものを見るような目で2人のやり取りを見送り、やがてヨーコは湯船から体をあげた。
「なんじゃ、もう出るのか?」
「あぁ、これからまた件の切り裂き魔探しさ」
「そうかぁ」
「あなた達、きっと後悔することになりますわ。あの時、あーしてればなんて言っても遅いんだから」
「んん? ビスチェちゃんはわたしらがそちらのギルドに入るのは反対してましたよね? それじゃあ、まるで……」
「うるさいデブ! それとこれとは別ですわ!」
「ビスチェ、諦めよう。あぁいう子達には何を言っても無駄なのさ。腹を決めたもんにはね」
怒るビスチェを諌め、浴場の出口へと背を向けたヨーコは再度、振り返り、
「次、会う時は敵でないことを祈ってるよ」
そう軽い口調、邪気のない笑みを浮かべてそう言い残していった。
「よかったんですか?」
「何がじゃ?」
ヨーコ達の姿が見えなくなってしばらく、ユウの顔を覗き込んだシュシュが不安げに顔を曇らせた。
「きっとあの人たち、ただの下級ギルドの人たちじゃありませんよ」
「ほ〜う、お前も気付いとったか。なかなか、見る目があるのぅ」
「嫌でも気付きますよ。だってあの人たちの道を開けるように周りが避けてましたから」
「纏う雰囲気もそんじょそこらのもんじゃない。歴戦の強者が纏うそれじゃった」
「わかってたならなんで……わたしはユウちゃんが行くなら何が何でも、どこへだって着いて行くのに」
「言うたじゃろうが、ワシらの野望のためと……それに」
「それに?」
「自分らの身の内を、どんな理由があるにせよ隠そうとする輩は信用ならん。それが命を預ける仲間なら尚更じゃ」
いったい彼女達が何者なのか、知る由もない。
程よい熱さの湯に浸かりながらユウはヨーコ達の出ていった出入り口の扉をしばらく眺め続けた。