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残された血とは別の匂い

 だからといって女の顔を殴るという気分にもなれず。あらぬ疑いをかけられたのは確かに詫びを入れられて然るべきだが、ユウが求めているのはそうじゃない。

 シュシュもまた同じく。危険な目に遭わされたからといって人を傷つけるような道は選ばないのは語らずとも理解していた。


「いらんわ、そんなもん」


 ヨーコの顔を手のひらで押し返し、ユウは言う。


「そん代わりと言ってはなんじゃが、その切り裂き魔っちゅうのの情報をくれんか?」


「情報って言ってもなぁ……」


 困った様子でヨーコは頭をかき、ちらりとビスチェに視線を向けた。


「あなた達が知ってる通りですわ。情報なんて特にない。あったらとっくにわたくしとお姉さまで捕まえてますもの」


「なんじゃ、その……なんかないんか? あっ、そうじゃ! 懸賞金はいくらぐらい出るんじゃ?」


「ユ、ユウちゃん……またケガするようなこと……」


「なんだ金に困ってるのかい?」


「あぁ、ちぃとばかし入り用でのぅ」


 またもや死地に踏みいれようとするユウをジト目で見つめるシュシュ。そんな気持ちを汲むことなく、ユウは照れ臭そうに笑みを浮かべる。


「やめといた方がいいですわ」


 ビスチェの冷淡な声が響いた。


「あなた達はこの事件でいったい何人の死人が出たかご存知ですの? その中には腕に覚えのある、それこそ中級ギルド所属者だっていたんですのよ。金に目が眩んで捜索に繰り出したとしてすぐに返り討ちに遭うのが目に見えていますわ」


「……ん〜まぁ、そうなんだけどさ。ビスチェ、ユウちゃんはあのベラムとやりあったんだぜ? 闇討ちをかけるような通り魔如きにやられるとはーー」


「ーー眉唾ですわ」


「んあぁ?」


「お姉さま、これだけは言わせてください。噂というのは尾ひれがついて広まるもの。とても……こんな細腕、見るからに貧弱そうなやつらがあのベラムと対等にやりあったなんて信じられませんの」


 図星。

 実際、この世界においてユウの戦闘力は元の身体があったとしてもそう高くはないだろう。

 仮に通り魔捜索に駆り出したとして無傷で事を終える可能性はどれほどだろうか。最悪、ビスチェの言う通り返り討ちに遭うかはたまた重傷を負い、一命を取り留めたとしても高額治療費をクララにせびられ借金が逆に増えてしまうのが関の山。

 それではギルド立ち上げなど夢のまた夢だ。


「ユウちゃん、わたしも反対です。真っ当にお金を稼ぎましょう」


「そうですわ、その痴女デブの言う通り。腹を裂かれて惨めたらしく臓物を撒き散らして死にたくなければ馬鹿な事は考えないべきですわ」


「だからデブって言わないで!」


「なら痴女は認めるんですのね? ちぃ〜〜じょ!」


「ち、ちち痴女でもないですってば!」


 ぐうの音も出ず、唸るユウにシュシュが諭すように言うとさらに追い討ちをかける形でビスチェは真っ青な瞳を冷たく光らせて睨みつける。


「あぁ〜そうだ。あったよ情報」


「お、お姉さま?」


「まぁ、いいじゃないか。敵を知るということは己を守ることに繋がる。ビスチェだってせっかくできた友達が死ぬのなんて悲しいだろ?」


「なっ……と、友達!? このブス達がですの?」


「はっはっ。誤魔化してもお姉さまには分かっちまうものさ。その証拠にシュシュちゃんを拘束する手に力が入ってなかった。そうやって意地になって止めるのもこの子達に死んでほしくはないからだろ?」


「ち、違いますわ! わたくしはただ……死体処理の手間を考えただけで……」


 言葉を濁すような形でビスチェは顔をほのかに紅潮させて顔半分を湯船に沈めるとブクブクと泡を立てる。


「この子は同じ歳ぐらいの子と話す機会があまりなくてね、きっと無意識にも君たちのことを好意的に思っているんだ、気を悪くしないで欲しい」


「いや、まぁワシは気にせんが……」


「なんですかぁ? ビスチェちゃん、わたしとお友達になりたいんですかぁ? それならそうと早く言ってくれればいいのにぃ〜」


「う、うるさい触るなデブ〜!」


「またまた照れちゃって可愛いですね〜。ほら、シュシュちゃんとでもお姉ちゃんとでも呼んでいいんですよぉ〜」


「デブ! ブサイク! 痴女! 変態! バカ面!」


 先程まで命を奪われそうになっていた相手にこうも馴れ馴れしく、迂闊に近寄っていくシュシュは大物なのか馬鹿なのか。ビスチェがその気になれば髪に隠した針で頸動脈を突き刺すことなど容易いだろうに。


「そいで情報っちゅうのは?」


「あ、あぁ……まぁ、呆れた話かもしれないが……昨夜、新しい死体を発見した警邏隊の1人がこう言ったんだ。『いい匂いがした』ってさ」


「……いい匂い……香水か何かかのぅ?」


「いや、あたしも最初はそう思ったが違うらしい」


「違う?」


「あぁ、香水なんかじゃない。『腹が減る、美味そうな匂いだった』ってさ。生憎、あたしらが到着した頃にはそんな匂いなんて消えちまってて、嗅いだ匂いといえば鼻を刺すような血の匂いだけ」


「どこかの家屋から漏れ出た匂いとかじゃないですかね?」


「このデブと同じ考えなのは癪ですけど、わたくしもそう思いますわ」


「まぁね、あたしもそれを手掛かりに街中を駆け回ろうなんて考えちゃいない。でも、情報は情報。もしかしたら、真実に近づきつつあるのかもしれない」


「ふぅむ……確かにどうでもいいことが意外に真実に迫っていた、なんてことはよくある話じゃな」


「まぁ、あたしが持ってる情報なんてものはそんなところさ」


「いや、十分じゃ」


 自嘲気味に笑ってそう区切るとヨーコは「それはさておき」と前置きしてユウをじっと見つめ、真っ直ぐに手を差し伸べてこう言い放った。


「なぁ、あたしらのギルドに入らないかい?」

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