尋問
尻に赤い紅葉を作り、身体をふるわせて硬直したシュシュは一時の制止の後、無言で湯に肩まで沈めた。
「……殺しましょう。お姉さま、今すぐこいつを殺しましょう」
正気のない瞳で呪詛を呟くビスチェだが、ヨーコはそれを笑い飛ばしてしまう。
自身が副団長を務めるギルドの一員に対する見逃しきれない、世界が違えば各メディアに流されるような事案。それを見逃すヨーコは器が大きいのかはたまた単なるお気楽な奴となのか、今はまだ未知数だ。
「袖を触れ合うのも何かの縁、肌が触れ合うのもまた同じさ。それに、その殺意はこの子に向けるものじゃない。切り裂き魔にこそ向けるべきだ」
「ん? 切り裂き魔……ってことはお前らも例の『通り魔事件』を追っている自警団っちゅうわけか」
「はっはっ。自警団なんて大層なものじゃないよ。被害者の内にあたしらと関わりがある者もいてね、街のため国民のためなわけじゃない。単なる復讐さ」
「復讐か……なるほどのぅ」
身内の死、それは事故や病死に限ったことではない。
ユウもまた組員や兄弟、親と子の死に復讐に燃えたこともあった。青く、無鉄砲故の過ち。苦々しい結果にしかならなかった過去を振り払うようにユウは小さな舌打ちをして首を振った。
「それで、ホシは見つかりそうなんか?」
「……いや、情けないことに」
「ほうかぁ……。ホシはどうやら女っちゅうことしかわかっとらんみたいじゃしのぅ。この街に女などごまんと居る。こんだけの大所帯が街中、自分を探し回っとるのにまさかノコノコ顔を出すような奴でもないじゃろうしのぅ」
迂闊な発言。
なぜ極秘裏に交わされた情報をユウが知っているのか、ヨーコとビスチェの顔が一瞬にして切り替わり、空気が緊張でピリつく。
「どこでその情報を知ったんですの? 通り魔が女だ、という情報は公にはなっていないはずですわ」
さすが街を震撼させる通り魔を仕留めんとする者たちか。瞬時にシュシュを捕縛し髪の中に隠していた針先を首元に突きつけながら言うビスチェの姿に年相応の子供らしさは見当たらない。むしろ洗練された兵士のような雰囲気さえ感じる。
「ひぃ、ひぇ……あ、あの」
「少しでも動けばあなたの喉にコレを突き刺しますわ」
「せっかくの風呂だ。この湯を血に染めたくはない。答えてくれ」
ヨーコもまた同じく。豪気、気さくそんなものは微塵とも感じられない歴戦軍人特有の冷徹な眼。一切の油断を許さないであろう鋭く重い圧にユウ、シュシュどちらにも反撃を許さぬ隙のなさ。
その様子から彼女らが一介のギルド所属者じゃないことが伺える。
「やれ……こんなこと前にもあったような気がしするのぅ」
緊迫した空気の中、ユウは独り言のようにそう言い放って浴槽脇に背中を預ける。そして4人が起こす騒動を遠巻きに眺めていた観衆へ手を振って何事もない、と示した。
「落ち着かんか、ワシらは切り裂き魔でもその仲間でもない」
「疑わしい者の発言を鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。何か証拠を示してくれ」
「お前らが知っとるかはわからんが、頭髪の色が違うじゃろう。話によると現場に落ちていたのは銀色の髪。一方、ワシは茶色、シュシュは桃色。明らかな相違じゃ」
「っ! まさかそんな情報まで……お姉さま」
「待て、まだ離すなビスチェ。……もし、それが犯人の仕組んだ罠だとしたらどうだ。この子達が捜査を撹乱するために仕組んだ者だとしたら? 疑いの余地はまだある」
「阿呆。もし、ワシらが切り裂き魔ならば迂闊に自分のことを調べている自警団に、ましてや自分からその話をするわけないじゃろう」
「そ、そうですわお姉さま。わたくしにもこんなに簡単に人質を取られるような奴らがあの切り裂き魔だなんて……」
落ち着き払った態度で滞りなく返答するユウの姿、そして腕の中でテンパるシュシュの姿にビスチェは疑問を抱き始める。
相手1人をこちら側に引き寄せた。これで体系は変わらないが、実質3対1。対立した話し合いの場においてそれは大きなアドバンテージになることは言うまでもない。
このような場などユウにとってはすでに超えた道。その昔、まだユウが末端構成員だった頃、盃を分けた兄弟が反乱因子として兄貴連中に疑いをかけられた。その時はなんとか口八丁で疑いを晴らしたが、それから何年、同じ場面に出くわした場合の準備期間があっただろうか。
「いや、それも演技かもしれないだろう。……ユウ、今からは私の目を見て話せ。嘘はつくな、友達の血で身体を洗いたくはないだろう」
だが、尚もヨーコは引かず。
「言われなくともワシはさっきからず〜っと見とるぞ、お前の両についた眼をのぅ」
「その話をどこで聞いた?」
「行きつけの店、そこの店主に聞いた」
「名前は?」
「ブリスケット精肉店、店主の名はフランク」
「ブリスケット精肉店……後で話を聞きに行かなくちゃならないね。……一番最初の犠牲者は覚えてるか? 名前は? 髪色は? 殺された場所は?」
「知らん。聞いたこともない」
「グレタ・ブレイジャー。黒真珠のように美しい髪をした女だ、わかるか?」
「知らん、本当じゃ」
質疑を終えてしばらく、ヨーコとユウは睨み合う形で目を合わせたまま固まる。腹を探るような視線を真っ向に浴びながら、ユウもまたそれから一度たりとも避けようと視線を外すことはない。
「……ビスチェ」
ほんの数分だが、息の詰まるような時間。
やがて、ヨーコはクシャッと前髪を乱して息を吐く。
名を呼ばれたビスチェも拘束する手を緩め、針をサッと髪の中にしまった。どうやら、疑いは晴れたようだ。
「ひぎぃぃ〜! こ、怖かったですぅ〜!」
「おぅ〜よう生きて帰ってきた」
風呂水をかき分けて這うように逃げ出してきたシュシュが胸に飛び込んで来たのを軽く頭を叩いて慰めてやる。
すると、ヨーコは自分の過ちを咎めるように何度も自分の頬を両手で叩き、
「変な疑いをかけちまって悪かった! さぁ、殴ってくれ!」
拝むように自分を叩いていた掌を合わせてギュッと目を瞑ってそう懇願してきたのだった。