夢を追うにも金次第
「ギルド設立申請書ね。それから『設立申請金3エリス』と『ギルドメンバー最低5人以上の氏名』必要事項を書いて窓口に提出するだけ。あなた達が本当に命を危険に晒してでもギルドを立ち上げたいなら好きにしなさい。もう、私から無理に止めたりはしないから」
「「ほぇぇ?」」
母親が旅立つ子を見送るように、慈愛に満ちた表情でテレサは微笑んだ。
が、そんな情緒的な雰囲気を2人の口からついこぼれ出した情けなくとぼけた声がぶち壊した。
「何よほぇぇ?って。こっちが真剣に話してあげてるのになんなの? あなた達、ギルドを立ち上げたいんじゃなかったの?」
「い、いや、ギルドを作りたい! その気持ちは今も尚変わらないんじゃが……」
「は、はい! ちょっとばかり問題が生じてですね……」
テレサの目の上で切り揃えられた前髪から覗く黒色の瞳が懐疑的な色を帯びていくのがわかる。それから逃げるようにユウとシュシュは椅子を後ろに引いて仰け反るような形でこそこそと耳打ちをした。
「おい、聞いとらんぞ! ギルドっちゅうんは誰でも組が持てる夢追い人に好都合のお手軽なもんじゃなかったのか」
「知りませんよ! わたしだってこの街に来たのはユウちゃんとほぼ変わらないんですから!」
聞き耳をたてるような仕草でそっと耳をこちらに傾けるテレサ。それからさらに逃げるように一層、身を引いて2人は想定外の出来事に対しての緊急会議を続ける。
「どうするんですか!? ユウちゃんが『ワシらには夢がある〜』なんてキメ顔で言うから今更、お金も仲間もありません〜なんてとてもじゃないですけど言えませんよ!」
「阿呆! お前だってどこぞの革命軍の女騎士みたく『それでもわたしたちはギルドを作りたいんです』なんぞ言うとったじゃろうが!」
「いたいれふっ! ほっへをふへらないでふはさい!」
「ともかく、ワシも男じゃ。今更、やっぱりやめときます、なんて言えんぞ。恥ずかしい」
「へ? ユウちゃんのどこが男なんですか? ちっちゃいけどちゃんとお胸があるの見ましたよ?」
むんずっとユウの胸を鷲掴んでシュシュは不思議そうに首を傾げる。その頭を軽く叩いてユウはちらりと横目でテレサを見遣った。
バッチリと目が合う。
「2人とも、ちょっといいかしら?」
◆◆◆
テレサの申し出はこうだった。
『申請書にはメンバーの直筆のサインが必要のため、また申請金も準備する猶予が必要であれば急ぎの場合を除いて今日ではなく後日でいい』とのこと。
その時のテレサの準備できるものならやってみろと言わんばかりの小馬鹿にした笑みが今でも忘れられない。
「でも、あの日からもう2週間ですよ? わたしたちがお金や仲間集めのために四方八方駆け回ってるなんてきっとバレてますよねぇ……」
「うぅむ……まぁ、仕事探しにギルド管理協会に顔を出しとる時点でもう……」
あれから2週間、汗水流して働いて貯めた金は1エリスにも遠く及ばない。
小銭がパンパンに詰まったセルシオの形見の皮袋を覗き込み、2人は揃って重たいため息をついた。
「あの冴えなさそうなニオタ達だってギルドを立ち上げられたってのにのぅ」
「あぁ……ユウちゃん気を失ってたから知らないんですね。ニオタさんたちってすっごいお金持ちなんですよ。迎えに来た馬車も綺麗な毛並みの白馬が4頭、荷台も宝石なんか散りばめられちゃってすっごいすっごい豪華でしたから」
「ほぉぉ〜……なんちゅうか……何をするにも金次第なのはどこへ行っても同じじゃのぅ」
ずぅ〜んと重苦しい空気を纏った2人。店先でそんな状態の2人を放っておけば要らぬ悪評が立ってしまうかもと危惧したフランクはその意識を集めるように大きな咳払いをした。
「あ、あぁ! そういえばギルド関係者の間で話題になってることと言えばもう1つありました、うん!」
「もう一つ? なんじゃそれは」
「『連続通り魔殺人』ですよ!」
連続通り魔、酒場のマスターが愚痴っていたことを思い出し、ユウはあぁと小さな声を漏らした。
「人呼んで、『切り裂きマリー』。なんでも手がかりとして唯一、現場に残されていたのが銀色の長い髪だったことから犯人は恐らく女だろうと言うことから付けられた名前だそうで」
「あ、わたしも働いている仕立て屋で聞きました。殺されたのは全員、女性で動機も何にもわからないって」
「そうですそうです。今や、ギルティアの女性たちを震撼させている事件。小耳に挟んだ話ですが、殺害された女性らは全員……眼を見張るような『美人』だったということです」
「あぁ? そんな話、ワシは街じゃ全く聞かんかったのぅ」
「聞いてなかっただけじゃないですか? ユウちゃん、一つのことに熱中するとまったく周りを見てないですから」
これ見よがしな呆れ顔で首を振るシュシュにムッとした顔を作るユウ。
「いやいや、お二人も美人さんですからね。気をつけてくださいよ……ってあのベラムさんにケンカ売った人が通り魔に殺されるわけないか、あっはっは!」
1人声を出して笑っていたかと思うとフランクは一瞬にして真剣な顔つきに戻り、ずいっとカウンターに身体を預ける。ミシミシっと嫌な音がした。
「……これは極秘裏に仕入れた情報なんですがねーー」
神妙な顔で何かを語り出そうとするフランクの口に耳を傾けたその時、ユウの臀部辺りがぐいっと押される感触がした。
「おじさーん、メンチカツくださーい!」
「あたしはクロケット!」
「……どっちも」
いつの間にやら辺りは薄暗く、子供たちは遊びをやめて帰る時間。
目の前の広場で遊び疲れ、小腹を空かせた子供達の大群がユウ達を囲むように押し寄せていたのだ。
安くて美味いそんなブリスケット精肉店の惣菜はユウ達をのみならず子供にも人気らしく、押し出されるように2人は人混みの外へと押し出されてしまった。