メンチカツ
「おやっさん、いつもの貰えるかぁ?」
「あ〜、はいはい。いつものメンチカツを2つですね」
給料を受け取り、いつも決まって来るのは下層、通称『時計通り』と言われる街に聳える巨大な時計台が真正面に見える大通りの1つ。その街並みの隅に構える小さな肉屋だった。
セルシオの墓がある噴水広場とはまた違った広場、詩季織々に色を変える草木が植えられた憩いの広場が眺められるこの店の前はいつしか別々に働きに出ているシュシュとの待ち合わせ場所にも使われるようになった。
その理由はなんといってもユウのいた世界と見た目も名前も何一つ変わりない(厳密には肉の品種などに違いはあるのだろうが)メンチカツの存在である。
ここに来てから毎日、得体の知れない野菜や果物、肉に関してもどこか違和感を覚えるものばかりだったが、この『ブリスケット精肉店』にて持ち帰り用の惣菜として提供されるメンチカツだけは違った。
サクサクと音を立てる衣や噛んだ瞬間に溢れ舌の上で暴れる肉汁は舌鼓を打つ他ない。自身の世界に戻ってきたと錯覚してしまう程に馴染み深く、子供時代を思い出すように懐かしくも思う。
「ユウちゃ〜〜ん! お待たせしました〜!」
ホクホク顔で湯気を立てる紙袋を受け取り、口からよだれが零れ落ちそうになった頃、通りの向こうから駆けてくる人影が1つ。シュシュだ。
オアズケをくらった犬のようにジッとメンチカツを見つめていた美少女はわずかに息を上げて隣に来たシュシュに向かって手早く紙に包まれたメンチカツを1つ渡すと残った自分の分へ豪快に噛み付いた。街行く人々がつい振り返ってしまうような美少女らしからぬ行動に違った意味で街行く人々の視線を集めるが、そんなことなど御構い無しにペロリとそれを平らげたユウは満足そうに頬を緩めた。
「いやぁ、嬉しいなぁ。こんなに可愛い子にこんなにも美味しそうにウチのメンチカツを食べて貰えるなんてさ。しかも、それがあのグェン同盟のベラムさんに一般人でありながらケンカを売り、生き延びた勇者とあれば尚更に」
「なんじゃまたそれか」
「確かにここのメンチカツを凄く美味しいですからユウちゃんが虜になるのもわかりますが……そんなにユウちゃんって有名なんですか?」
「いや、有名ではないじゃろ。街中で声をかけられることはあってもベラムの件に関して触れられたことは一度もないぞ?」
ハムスターのように両手でちまちまとメンチカツを食べていたシュシュが首をかしげると口元を衣で汚したユウが訝しげに顔をしかめる。
「はっはっはっ。一般的にはそうですね」
販売口から身を乗り出して高らかに笑ったブリスケット精肉店店主、フランク・ブリスケットはしたり顔で指を振った。
「確かに国民の多くは現場を見ていた者を除きユウさんのことを知らないかも知れません。……が、ギルド関係者には貴方の話題で持ちきりと言っても過言じゃありませんよ」
「でも、お前はどこかのギルドに所属しているわけじゃないんじゃろ?」
「はい、私は趣味です! ギルドに憧れ、夢を抱いてはや45年。武芸の嗜みも特別な力もない私に許されるのはギルドの追っかけぐらいなものですからね! 今、私の中では貴方がどのギルドに引き抜かれていくのか、はたまた自分のギルドを設立するのか。目が離せませんよ!」
「お、おい。顔を近づけるな暑苦しい。お前の全体重を乗せられたカウンター台が悲鳴を上げとるぞ」
「へぇ〜ユウちゃんってそんなに期待されてるんですね〜…………それで? 私は?」
「へ? あ、はい。シュシュさんも同じくらい……期待してますよ……はい」
「 絶 対 期 待 し て な い や つ ! 」
泳ぐ目、取り繕うかのようなまごついた言葉にシュシュは目をバッテンにして叫びを上げる。
「いいですよ、わたしなんて目立たないただのか弱い美少女ですから……」
「美少女とは誰も言っとらんが……ギルド……まぁ、そうじゃなぁ……」
落ち込むような口調でありながらさり気なく自分を持ち上げるような発言にツッコミを入れ、ユウは苦い笑いを浮かべた。
それはシュシュの態度だけによるものではない。
今、こうして2人がそれぞれの得意なことを活かし働きに出ることとなった理由に関係がある。
事の発端はあのセルシオの墓参りをしたあの日、テレサにお礼を言いにギルド管理協会に寄った時の事である。
◆◆◆
「ぜぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっったい、は ん た いッッッッ!!!」
テレサの怒気の混じった大きな声が施設中に響き渡った。
どよめく人々、真向かいに座っていたユウとシュシュの2人は揃ってキーンっと耳鳴りのする耳を抑え、机に顔を伏せた。
「何を言ってるの? あなたたち自分が言ってることわかってる?」