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赤い発泡水

 ボロボロの顔で泣き噦るシュシュ。その姿は情けなく、頼りない少女そのもの。

 だが、今回に限ってはその情けない少女にユウは救われたのだ。それは何より感謝しなくてはならない。

 今にも落ちてしまいそうな瞼、心配そうに顔を覗き込むシュシュに向かってユウは現状、精一杯に微笑みかけてやる。


「助かった……シュシュ。ありがとうな」


「お礼なんて、わたしこそ何も言わずにユウちゃんの元を離れたりしてごめんなさい! もしかしたらユウちゃん……あとちょっと遅かったら……」


「阿呆ぅ……そのおかげで……こうしてワシの命があるんじゃろうが」


「まぁ、今にも死にそうだけどね。話の最中悪いんだけどさ、ほいっ」


 微笑み合う2人の間を割ってクララは茶化すように肩をすくめると無理矢理、ユウの口に小瓶を喰わさせた。

 濃藍に近い、深い青色をした見たこともない液体がユウの口内に流れ込むと途端に耐え難い苦味がいっぱいに拡がった。

 しかし、吐き出そうにも今のユウにはそんな力など残ってはおらず、無慈悲にも酷い苦味を残しながら喉の奥へ流れ込んで行く。


「痛み止め兼、前に飲んだ再生役と同等の効力を持つ薬。あたしが調合したこの世に一つしかなかった高級薬中の高級薬。後で代金は請求するからよろしく」


 クララの言葉を聞いてまた、あの激痛に襲われるのかとユウはあからさまに顔を強張らせた。しかし、幾度待とうともその気配は一向にないどころか、身動き一つできなかった程の痛みが徐々に薄れていっているように感じる。

 一度、投薬されたことにより耐性ができたのか。それとも大怪我故に身体が麻痺しているのか。

 目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げたユウにクララはニシシっと得意げに笑って見せた。


「痛くないっしょ。あの劇薬がどうやったら世の中に普及したのかってのも考えながら調合したからね。まずはあの激痛じゃねってさ。すんげぇ〜苦労したし、ぶっちゃけどうやって調合したのかも覚えてないぐらい苦労したわけ。それを使ってどっかの金持ちから大金をぶんどってやろうって考えてたのにさ」


「そ、それは悪いことをしたのぅ」


「いいっていいって。他ならぬ友達のためだから」


「わたし、クララちゃんを見直しました。ずっとガサツで口が悪くて面倒臭がり屋のお金の亡者だとばかり思ってました。まさか、無償で大切な薬をーー」


「ーーいや、だからさっきも言ったけどお金は貰うよ? っておい、関係ない悪口が漏れてるぞオラ」


 胸ぐらを掴まれ、睨まれるシュシュ。だが、シュシュのその瞳はシラけたような無感情で無機質的な妙に不気味な目をしていた。

 首をふられようが、怒声を浴びせられようがそれは変わらず、その冷ややかな目はクララが観念して顔を逸らしてからもしばらく横面に当てられていた。









「おし……なんとか動けそうじゃな」


 しばらくしてユウが自力で立ち上がれるまで回復した頃、辺りはあれほど騒がしかったことが嘘のように静まり返っていた。

 その間、ベラムはギルド管理協会員といくつかの問答を繰り返した後、拘束されたまま自らの足で協会員に続き、クララもクララで医師免許を不所持ながら怪我人を処置したことを咎められて連行されてしまった。

 この場にはシュシュと見張り役という名目で残されたテレサ、その2人だけ。

 どうやら、騒動の前に見かけた荒くれ者供も自分の身を案じ、大人しく住処へ帰ったようで、あの喧騒はどこへやら珍しく月明かりの下に虫の音だけが静かに鳴り響いている。


「はい、これお詫びの野イチゴのジュース。発泡水を使っててシュワシュワ、若い子の間で大人気のジュースなんだから」


 そう言って、水路傍に座って2人にテレサは小さな気泡を立てる真っ赤な水を手渡してユウの横に腰を下ろした。


「お詫びと言われてもいったい何のお詫びかわからんのじゃが……」


「危険なギルドとわかっていながらもあなた達に監視も付けずに私の独断で行かせちゃったお詫び」


「いや、それはワシらが無理に頼み込んでしまっただけじゃろうが」


「それでもろくに止めもせず、何かできることがあっただろうにそれをしなかった私への罰よ。ささ、グイッといっちゃって」


 神妙な顔つきでそう言われては断れず、ユウは一息にそれを半分ほど喉を鳴らして流し込んだ。

 口の中で炭酸がパチパチと弾け、切れた口内に酷く染みたが懐かしく、美味い。酒ばかり飲んでいたユウにとって子供に戻ったような心地がし、乾いた身体に広く染み渡った。

 一口、また一口と痛む傷口に耐えながらも無心で口に含み、あっという間に飲み干してしまった頃、空になったグラスから横に視線を外すとなんとも曇った表情でグラスを睨みつけるシュシュの横顔が目に入った。


「どうしたのシュシュちゃん? 毒なんか入ってないわよ、や〜ね〜」


 それをテレサも不審に思ったのだろう。妙におばちゃんっぽい仕草、顔の前で手を振って冗談めかすが、シュシュは静かに顔を横に振った。

 もしや、シュシュは密かにセルシオへ想いを寄せていてそのことがショックでジュースさえも喉を通らない状態なのかもしれない。

 気を遣い、まさに今、慰めの言葉の一つでもかけてやろうとユウが口を開いたその直後、





「いえ、あれだけ血をいっぱい見たのにこんなの飲めるわけないじゃないですか。見てくださいよ、シュワシュワしてるとはいえこの色、まさに血みたいじゃないですかぁ……。ユウちゃん、よく美味しそうに飲めましたね」





ウザたらしい引きつり顔でそう言い放った。


「テレサさんもちょっと考えれば分かりそうなものですけど……」


 独り言のような小さな、極めて小さな声ではあるが、今宵の静まり返った月夜。普段ならば荒くれ者達の喧騒に紛れてかき消えてしまいそうな程のものだったが、今日は違う。

 柔和な笑みを浮かべていたテレサのこめかみ辺りでピシッと何かが切れるような音が聞こえた。

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