消えぬ愛撫の痕
震える膝、身体中を駆け回る鈍痛。背中を激しく打ったこともあり痛むがそれよりも一際、波打つようにユウの身体を蝕む痛みは腹部にこそ集中している。
そのことから自信がベラムの攻撃が腹部に直撃したことが察し取れるが、いったいいつ、どのようにして、如何なる手段を用いて攻撃をされたのかがまったくわからない。
切り傷はないことから刃物ではないと考えられるが、如何なる武器を用いたにせよ驚くべきことは視認さえ出来ぬほどスピードだ。あの体躯からどこにそんな機動性を兼ね備えていたのか。
「ふむ……華奢な割には頑丈……守りは合格点だ」
砂埃舞う中、ゆらりと姿を現したベラムを見てその疑問は一気に解消される。
仁王像のように隆起し、鍛え抜かれた筋肉は美さえ思わせる。腕は丸太のように太く、下半身もまた一切の無駄なく上半身に負けず劣らずの筋肉の塊。見せるための筋肉ではなく、それは正真正銘闘士の体つき。それがベラムの本気の姿勢なのだろう、上半身に纏った一切の衣服を脱ぎ捨て、巨大な拳を振り、悠々と近寄る姿はまさに暴力の化身か。
膨れた筋肉はその恵まれた巨体も相まってか、より一層巨大に見え、空気を裂くような威圧感は計り知れない。
「なんじゃ、お前もステゴロ一本かい……」
「如何なる武器を持ったにしろ、この豪腕に敵うものはない。それとも、お前はこの一切を打ち砕く拳よりも強力な武器を知っているのか?」
拳銃、刀など武器の類はいくらでも思いつきはするが、違う。
拳銃などの手に入れやすいことや扱いやすさといった手頃さはないが、あの拳はそれら以上の殺傷力を持つだろう。ならば、自分はなぜ、直撃を受けながらも生き延びるだけでなく、こうして立っていることができるのか。威力だけで言えば、ベルセルククレフターと同等、いやそれ以上とも思しきものを。
いや、答えは分かりきっている。簡単なことだ。
「なんで手加減なんかしおった。殺そうと思えば、一撃だっただろう」
「わかっていないな。これは求婚の儀、相手を殺してしまっては意味がないだろう」
「にしては、まるでワシがお前より格下のような扱いじゃ。お前は自分より強い奴が好きなんじゃろうが、自分より格下と思っている相手を試す理由はなんじゃ?」
「人というものは不思議なもので死の淵に追いやられてこそ真価を発揮する。過去に俺が相手した奴らの中にも窮地に立たされ、同一人物とは思えぬ程の強さに成長した者もいた。それが理由の1つ」
「もう1つは?」
「遥か東方の地の遥か昔、そこでは幼少から女児を嫁に取り、成長の過程を楽しみながら自分好みに育てるといった風習があったそうだ。それに習って俺も成長すれば『自分を殺す』ことができるのか、敗北を知りながらもその悔しさを弾みに俺を殺すためだけに人生を捧げてくれるのか、その素質を見るためにこうして見定めている」
「ほぅ……あんまり理解できないのぅ」
「皆がそう言う。だが、実に理に適っていると思わないか?」
小石を踏む音をさせ、ベラムはにっと奇妙でいて不気味な笑みを浮かべた。
「ーーがふッ!?」
一瞬足りとも目を離さなかったはずが、またもやユウの腹部にベラムの拳がめり込んだのを衝撃と激痛と共に知る。
今度は先ほどよりもさらに手を抜いた、まるでユウがここで壊れてしまわないようにと大事な玩具を扱うかのような、そんな気のこもっていない一撃だった。
「おんどりゃ……また、手ぇ抜きおったな……」
圧倒的な力量差がありながらもわかってしまうそれにユウはこみ上げる血を口いっぱいに貯めながら歯を食いしばった。
セルシオを殺された怒りは勿論、様々な怒りの感情がユウの胸に渦巻くが何より感じたのは友を殺され、その仇に刺し違えるばかりか指一本触れられないという圧倒的敗北感、悔しさ。
意識を分断せんと虚ろになる視界、頭の回転など初撃を受けた段階で持っていかれている。
「んぐぬぅぅッ!!」
それでも尚、ユウは倒れようとはしなかった。
向かう所敵なしとまで呼ばれたあの『神田の人喰い鮫』の姿は見るまでもなく、無様にがむしゃらにユウは何度も拳を振り回した。
「うむ、やはりお前には素質がある。名を教えてくれ」
いとも容易くそれを避け、ユウの拳を包むように受け止めるとベラムは問う。
「ワシはユウじゃ、なめとんじゃねぇぞ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ゴラああぁぁぁッッッ!!!!」
言葉にならない咆哮のような名乗り。血反吐を吐きながら目を血走らせ、獅子の如くベラムを慟哭したユウの言葉は聞くに耐えない嗄れた声となって響き渡る。
「そうか、ユウと言うのか」
まるで社交ダンスでも踊るようにベラムは優しくユウを引き寄せ、その太い腕の中に包み込む。
さして力が入っているわけではない、それでも逃れることはできなかった。
ブチッ……ブチブチブチブチッ!!
首筋から吹き出す鮮血。左肩がだらりと下がった。
噴水のように血を上げ、周囲を真っ赤に染め上げた。石畳は大量の血を吸い、赤黒く変色してしまっている。
「むふっ、やはり好いた女の肉は絶品よ」
噛みちぎったユウの肉を極めて美味そうに咀嚼し、ベラムは満足そうに顔を綻ばせた。
「消えぬ愛撫の後。お前はその首の傷を見る度に俺を思い出し、激昂するだろう。それだけで何とも昂ぶる、今にも射精してしまいそうだ」