友の死、相棒の逃走、漢のケンカ
「何してるかってか? ケジメだよケジメ。こいつらは期日までに金を集められなかったどころかその報告を怠り、逃げ出そうとした脱走者だ」
怒りに肩を震わすユウを嘲笑うかのように鼻を抑えながら男は肩を竦めた。
「こんなんはケジメじゃない。これは処刑じゃ」
「細けぇことはいいんだよ。俺らにとってはこれがケジメ。それでいいじゃねーか……ところでお前はセルシオを訪ねてきたって言ったな」
男が目配せをすると血に塗れた処刑人らしき男達の1人が乱暴に椅子に座らせられていた男に被せられていた麻袋を取った。
赤黒く腫れ上がった瞼、果たして目は見えているのだろうか。頬にはナイフで切り刻まれたかのようないくつもの切り傷、唇は青く口いっぱいに血が溜まっているのが見える。喉を潰されてしまったのだろう、突き刺さった細い鉄の棒、喘鳴らしきヒューヒューと弱々しく息を吐く音が聞こえる。
「……セルシオ」
顔貌が大きく変貌しようともそれがセルシオであることはすぐにわかる。
惨く、死の淵を彷徨うような虚ろな目をした友人を前にしてユウは怒りと悲しみを含んだ、息を吐くような呟きに弱々しく息をしていたセルシオの身体が僅かに動いた。
「……ユ、ユウ……さ……ん……なの……か……い……?」
「……そうじゃ。約束じゃったからのぅ」
苦しげだった顔が僅かに柔いだ気がした。それは友人が助けに来た安堵からか死に際に会えたことの喜びか、だが確かにセルシオは微笑んだ。
その真意はすぐさまわかることになる。
「……に……げ……て……ここに……いちゃーーーーーーっ」
最後の力を振り絞るような、潰され嗄れてはいるが力強い声だった。
噴水のように飛び散った血の雨を真正面から受け止めてユウは瞬き1つせず転がった友人の首を見つめる。
悔しさに涙が溢れそうになる。噛み締めた唇から血が滴り落ちていくが、その痛みさえ今は感じない。血が出るほどに強く握りしめた拳が大きく震えた。
「へ……そ、そんな……」
恐怖に黙りこくっていたシュシュの涙声が背を響く。
「なんでこんなことが許されるんじゃ……」
血に全身を真っ赤に染めたユウの静かな怒声にその場を静かに見守っていた大男が立ち上がり、近付いてきた。
「それがこのギルドのルールだからだ。入団に関する契約書にもしっかり記載してある。『生死の保証はしない』とな」
「なんじゃお前は……?」
「俺か。俺は上級ギルド『グェン同盟』のベラム。下部組織にあたるこのゴブリン商会の管理役といったところか」
怒りに満ちたユウの目が鋭く光った。
「ほぉ……お前が親玉か……」
言うがままにユウは渾身の力を込めてその鉄拳を振り抜いた。
至近距離、横面にクリーンヒットしたその力強い拳はベラムの頬に鋭く沈んだーーはずだった。
たたらを踏むことも顔を背けることもなく、その場を微動だにせずにベラムは長く伸びた黒いヒゲを撫でてユウの頬を優しく掴んだ。
「して、ギルド内の問題に粗暴にも首を突っ込んだお前はなんだ?」
まるで赤子に頬を撫でられた如く何事もなかったかのようにベラムはユウの頬を掴んだまま、見定めるように眺めた後、
「そんなことはどうでもいい。実に美しい女だ。粗暴さ、勝気な性格それを踏まえた上でもお釣りがくる……どうだ俺の女にならないか?」
首筋に唇を当て、優しくその手を離した。
ゾワゾワと寒気が背中を駆け抜ける。
それは男に愛撫されただけのことではない。
その気持ちの悪さは怒りに我を忘れていたユウの自我を取り戻させ、初めて対峙する相手の力量を感じたのであった。
2メートル半はあろうかの体躯に大きく膨れ上がった筋肉からそれが所謂、ウドの大木的なものではないと容易に伺える。鍛え抜かれた筋肉は決して見世物ではなく、戦いを乗り越えついた正真正銘の戦士の身体。幾重にもつけられた古傷の痕が相応の死線をくぐり抜けてきた強者といえよう。
「シュシュ!」
本能的に危険と感じたユウはすかさず後方へ下り、相棒の名を呼んだ。
しかし、返答はあらず代わりに下っ端たちの笑い声が聞こえてきた。
「ヒッヒッ、あのお嬢ちゃんなら血相変えて逃げてったぜ? 置いてかれちまったな、捨てられちまったなぁ〜〜あ?」
気付けば出口は塞がれ、周りを囲まれている状況。
「いや、ちょうどいい。ここからは若い女には見せられん光景じゃからのぅ」
元よりシュシュには逃げろと伝えるつもりだった。
その手間が省けてちょうどいいし、この場にいればユウに対しても逃げろと喚くに違いない。
少女の身体になろうとも友を殺され、尻尾を巻いて逃げるほど漢の心を捨てたわけじゃない。
「あぁ? ーーへぶっ!?」
鬼神の如き面構えで近場の下っ端を殴り飛ばしたユウは拳を鳴らし、首を回した。
「ワシはのぅ、相手にビビって喧嘩を逃げ出したことは未だかつてないんじゃ」