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讒言に降る静かな怒り

 着いてみればどうやら中級ギルド街とは言えども完全なる品行方正とは言えないらしい。

 大通りを避けるように小道小道を次々と抜け出て辿り着いてみれば建物こそ立派だが、そこは悪党の巣窟かゴミで汚れた石畳の地面に鋭くも気持ちの悪い目つきで、さながらユウ達を品定めでもするかのような、そんな視線を浴びせてくるのは壁にもたれかかるように座っている男たち。中には女性の姿も見えるが、どうやらまともじゃない。足元に転がる酒ビンの数々やこの世界の麻薬か、青臭い中にどこか甘さのようなものを感じる煙。

 瞬間的にユウは街影で腐り、大麻を吸う若者達の姿が脳裏に浮かんだ。


「あ、あの……本当にここを……通らなくちゃダメなんですかね?」


 ユウの腕を指先でギュッと握り、明らかに怯え震える声に青ざめた顔でシュシュは言う。

 臆するのも無理はない。シュシュとて巨大ベルセルククレフターに立ち向かった勇ましき者であろうと根底にあるのは単なる村育ちの少女だ。不良と言うのも所詮、小村規模。可愛らしい悪戯やちょっと言動が荒っぽいぐらいのものしか見たことがないのだろう。


「本当にも何もテレサにもらった地図に書いてあるんだからここを通るしかないじゃろう」


 そこはさすが極道の親分と言ったところか。横面に当てられる冷ややかだが、どこか生暖かい視線を物ともせず、涼しげな顔でユウは変わらずゆったりとした足取り、まさに肩で風を切って歩くと言う形容がふさわしき様で堂々と道のど真ん中を歩き進む。


「こんなとこでまごついてられんじゃろうが。ワシらに時間もないし、ほれ空を見てみぃ。お天道様が沈みかけて空が赤らんでおる。夜になりゃもっと危ない奴らが姿を見せるかもしれん」


「こここれ以上に怖い人たちが!?」


「おーい、お嬢ちゃん。俺らは怖くなんかね〜よ〜? だからちょっとばかし遊んでくんね〜かな〜? 大丈夫、痛いことなんかしねぇからよぉ?」


 小さな悲鳴を上げてユウの腕に抱きついたシュシュに1人の男が下品な笑みを浮かべて呼びかける。ボロボロの歯に窪んだ眼球とぼやけた瞳。やはりどの世界においても麻薬は無害ではないらしい。


「ちょうどえぇ。遊ぶことはできないが、ちぃと道案内を頼む。ゴブリン商会っちゅうのはこの道であっとるか?」


「……あぁ? なんでまたゴブリン商会なんかに?」


 土地勘のない自分らにとって御誂え向きの相手だと尋ねたユウの問いに返ってきたのは返答ではなく、疑問。


「なんだい? あんた達、身売りかい?」


 近くにいた赤と黒のドレスを着た売春婦らしき女がユウ達の顔を覗き込み、シュシュの顔に煙草の煙を吹きかける。


「ひぃ……! ケホッケホッ!」


「身売りにしちゃ、小綺麗な格好をしてるねぇ。まぁ、なんにせよゴブリン商会には近付かないのが得策だね。なんたって今はーー」


「いや、身売りじゃない。そこに友人がおってのぅ。ちぃと訪ね来ただけじゃ」


「友人? なんだ、つーことはお嬢ちゃん達はゴブリン商会のお手つきってことかよ。かぁ〜あぶね〜」


「なんじゃ、ゴブリン商会っちゅうのはそんなに評判が悪いのか」


「評判が悪いなんてもんじゃーーむぐっ」


「バカ、この子達もゴブリン商会の関係者なんだよ! 下手なことを口走らない方がいい」


 男の口を押さえて、こぼれ出しそうだった不満の声をドレスの女が辛うじて寸前のところで止めに入る。


「あの……本当にセルシオさんはこんなところにーー」


「セルシオって今言ったかい?」


 その名を口にした瞬間、女の表情から緊張が抜け、一転にして呆れと安堵の色が浮かび上がる。


「知っとるんか?」


「知ってるも何もこの界隈じゃちょっとした有名人さ。『弱虫セルシオ』ってね」


 小馬鹿にしたような顔だった。

 煙草の煙を吹き上げ、鼻で笑う女に少々の苛立ちを覚えながらユウは次の言葉を待つ。


「ちょっと前にいきなりここに来てゴブリン商会に入ったガキだろ。毎日毎日、ハルクにいびられながら金をかき集めて全身に青あざをつくってる」


「そうさ、あんな真面目で育ちの良さそうなボウヤがなんでこんなとこ、ましてやゴブリン商会になんか入団しちまったんだろうね。あたしは信じらんないよ」


「終いにゃ、腕っ節も強かねーからせっかくかき集めて金も俺らみたいな悪党に強奪されて、報復が怖くて告げ口さえできねーってんだから笑いもんだよな」


 どうやら案の定、セルシオはここで器用に過ごしているわけではないらしい。

 次々と2人の口から出てくるセルシオの悪口に耐えきれず、ユウは拳を握りしめる。


「ダメですよ、問題ごとはテレサさんとの約束……」


 小声で耳打ちをするように囁かれたシュシュの声と拳を包む小さく細い手になんとか持ちこたえるが、それでも怒りは表情に出てしまっていたらしい。

 地獄の鬼のような形相で唇を噛みしめるユウに気付き、2人は柄にもなく慌てて口を噤んだ。

 どうやら少女の姿とは言えども、その威圧感はまだ健在らしかった。


「……そうじゃ、ワシらはその……弱虫セルシオに用があるんじゃあ……ほうで……道はあっとるんか?」


 美少女らしからぬ低くドスの効いた声を響かせたユウに2人は素早く首を縦に振り、道の奥、ちょうど行き止まりになって佇む大きな家屋を指差す。


「あ、あってるもなにももう見えてるさ。ほら、目と鼻の先に」


「…………ほうか。世話になったのぅ」


 猛獣のような炯眼を光らせて2人を一瞥するとユウは溢れ出んばかりの怒気を湯気のように身体から放出して2人に背を向けてその場を離れていった。

 その後ろを小動物のように駆けていくシュシュを見送ると漸く、2人は深く安堵したように肺が空っぽになるほどの息を吐き出した。


「ユウちゃん、よく我慢しましたね。えらいえらい」


 2人を背にしながら猛獣を宥めるようか、または子供を褒めるように軽く頭を撫でたシュシュの手を振り払い、ユウは小さく舌打ちをする。


「阿呆。ガキじゃないんじゃからのぅ……しかし、友人の悪口はいつになっても胸糞悪いのぅ」


「うわぁ……すんごい下品な言葉遣い……」


 吐き捨てるように言われた糞という単語に若干、引きつった笑みでシュシュ。


「気にしないでおきましょう。本来、あの人達の方がおかしいんですから」


「そうじゃの、と言ってる間に目的地到着じゃ」


 

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