自分の帰る場所
「ユウちゃん、いいですか! ぜったいぜぇ〜〜〜〜ったい問題事を起こさない事! これはテレサさんと交わした大事な約束ですからね!」
「わかっとるわかっとる、わかっとるとさっきから何度も言うとるじゃろうが」
「いいえ! ユウちゃんがケンカっ早いのは昨日の門番さんとのやり取りで確認済みです。本当に頼みますよ? 何か起きたら怒られたり罰を受けたりするのはユウちゃんだけじゃないんですからね!」
昨日、酒場のマスターの助言により再び、ギルド管理協会に赴いた2人。朱に染まった顔、酒臭い呼気を漏らし、怒りと困惑を浮かべるギルド管理協会職員達に公共の場での非常識を咎められながら何とかテレサとの面会までありつけた。
無論、完全に酒に溺れた2人をテレサとて許すはずもなく、しばしの説教を受けてシュシュの意識が酔いの海から上がって来た頃、ありのままの要件を告げたのだった。
酔った勢いとも取れるユウの発言にテレサが二つ返事で頷くはずもなく、ひたすら渋い顔をして冷ややか視線を2人へ交互に浴びせるだけだったが、半ばデモ抗議の体裁でテレサの認可が下されるまで頑なに席を離れず、その場に居座り続けたユウたちの粘り勝ちによって事は顛末を迎えた。
但し、条件つき。
配達物の運搬と言う虚偽で交通手形を無事、獲得した2人に許された時間はたったの2時間ほど。加えて、何か問題を起こせば協会から地の果てまで追われ、罰を与えられる。謂わば、指名手配のようなものだろうか。
そんな厳しい条件の元、なんとか憎たらしい門番の横を通り過ぎて中層の門をくぐれたのだ。
「ほぉ〜、確かにワシらのいた下層より街並みも綺麗じゃし、道に凹凸や欠けもなく歩きやすいのぅ」
「ですねですね、どことなく道行く人達もなんかこう……お上品な感じがします!」
たった門1つ通り抜ければそこはまるで別の街。綺麗に舗装された石畳の道路や橋、建ち並ぶ家屋も高級感に溢れ、何よりゴミが落ちていない。下層と言えば、隙間さえあれば押し込むように建てられた雑多な街並みと所々、欠けたり抜け落ちていたりする石畳を風に吹かれて転がる空き瓶などのゴミがあるのが普通。
民度の違いと言えば、それまでかもしれないが階層がここまで差をつけていることに2人は素直に驚いた。
「はぁ〜、時間制限がなければゆっくりお買い物でもしたんですが……」
心底、残念そうに蹴った小石がカラカラと乾いた音を立てて転がっていく。
「じゃから、言うたじゃろ。ワシなんかについて回ってないであん時、テレサにギルドを紹介して貰えばーー」
「いーーーーえっ! それはイヤです。絶対、天地がひっくり返っても!」
「むぅ……なぜワシにそこまで拘るんじゃ?」
考えてみれば不思議なことだ。
確かにあのベルセルククレフターとの死線をくぐり抜けた相棒のような存在ではあるもののただの親切心にしては行き過ぎな気もしないでもない。
シュシュは唇の下に指を添え、視線を斜め上に向ける。
「え〜っとですね、友達だからでしょうか? ユウちゃんの目も鼻も口も大好きですし、頑固者で負けず嫌いなところも無鉄砲なところも女の子なのにワシとかじゃとか変な喋り方をするところも全部。う〜ん、なんて言うかほっとけない? わたしはこの人と一緒にいたいんだってーーえ! これってもしかして……」
「もしかして、なんじゃ?」
「恋かもしれません!」
とんでも無いことを思いついたように大きな眼を一層、大きく見開いてシュシュは拳を握った。
そして、数秒ジッとユウの目を見つめて頬を朱色に染める。
「わ、ワシにこ、ここ、恋?」
まさかふた回りほど離れた少女から愛の告白を受けるとも思わず、狼狽えるユウ。
人通り多い街道を行き交う人々からなんとも生暖かな視線を向けられる2人であったが、手のひらを返したようにシュシュはからかうように舌を出して微笑んだ。
「ウソですよ? 冗談ですよ? 本気にしちゃいましたぁ〜?」
「……しとらん」
「あっ、その顔は『本気にしてしまったんじゃ』って顔です。ふっふー、ユウちゃんってチョロいですね〜」
「しとらんと言うとるじゃろ!」
「でも、大好きって言うのはウソじゃありませんよ。ユウちゃんとはずっと一緒にいたい。あっ、そうだ。いっそのことわたしたちでギルドを立ち上げませんか? いくらかの資金とメンバーがいれば誰でもギルド設立が可能って話ですし」
「いや、ワシはどこかの組に所属する気も自分が組を立ち上げることもせんぞ。だってのぅ……」
「えぇ〜〜ユウちゃんのイケズ〜」
それ以上ユウは言葉に出さなかった。
ここでギルドを設立することは自ら帰る場所を絶ってしまうかもしれないということを。
ユウにとって帰る場所は自分の立ち上げた少ないが、バカでケンカっ早い構成員の待つ鮫島組だけなのだ。例え、極小組織と言われようと例え、この世界に存在しない組であろうと自らの帰る場所はそこしかありえない。
ユウらしからぬ弱気な考えとこれだけ自分を好いてくれているシュシュを突き放すような発言に口ごもる以外の選択肢が浮かばなかったというのもある。
ブーブーと不満の声を漏らすシュシュを背中にユウは無言でテレサから貰った『ゴブリン商会』への地図を頼りに歩を進め始めた。