劇薬
意識と感覚が残っている中、自分の体内、臓器を探られるというのは痛みとはまた違う気持ち悪さがある。
腹の中をかき混ぜられているようなそんな感覚に思わず喉元まで吐き気が込み上げてきた。
「…………ぴぃ…………」
クララのしなやか細腕がユウの臓器をかき分け、損傷箇所を糸で繋ぎ合わせていく。その間、不意に顔に吹きかかった血飛沫を拭うこともせず、眠そうな目で冷静に処置を進めていく様はあながち凄腕の医者というのも間違っていなさそうだ。
おぞましい光景を血の気の引いた顔で恐る恐る見ていたシュシュは顔を凍らせてそのまま埃を舞い上げて後方へ派手に倒れた。
「……たく。だから言ったのに」
少々、不機嫌そうに呟いたクララだったが、それでも処置を行う両手は淀みなく、極めて冷静で的確に動いている。
「ぬぐぅ……」
ついに喋ることさえままならなくなったユウは悲痛なうめき声を漏らし、そろそろ激痛に気を失いかけた時、クララはその手に握られていた治療道具を机へ乱暴に放り投げてユウの腹を閉じた。
終わった、そう心から安堵したユウの背中はびっしょりとシーツを濡らしていた。
「終わったと思ってるっしょ? いやいや、本当に痛いのはこれからだから」
安堵していたユウの顔が凍りつく。
手に取られた注射器はクララの無表情と相まってより一層恐ろしいものに見えたからだ。
注射器に怖がるなどいつぶりだろうか。そんな現実逃避気味に過去を振り返っていたユウの腕に容赦なく、針が突き刺さる。
「再生魔法のかかった魔法薬。これマジ高いからあんま使いたくないんだけどまぁ、特別に」
和らぎつつあった痛みが、静寂を迎えようとしていた身体が再び、激痛に苛まれる。
違う。腹を裂かれ、内臓に手を突っ込まれるものとは違う。それ以上、いや段違いだ。
動けないはずの身体が痙攣し、ベッドが揺れる。
「痛いっしょ? それ、骨を超高速で無理矢理再生して繋ぎ合わせるんだけどあんまりに激痛を伴うから販売中止になっちゃったんだよね〜」
今度こそ、今度こそ身体中を蝕む激痛にユウの脳が危険信号を発信。こうなっては気合で何とかなるものではない。
ギリギリと耳に響く骨が軋む音を子守唄にしてユウの意識はゆっくりと遮断されていく。
遠のく意識の隙間にユウが見たものは無邪気で人懐っこい笑顔を浮かべたクララの顔だった。
「1ヶ月ぐらいで完全に回復するから、またそん時に改めて友達になろー! おやすみっ!」
「ね〜! ね〜ね〜くーちゃん! お金返してくださいよ〜」
「ダーメッ! あたしだって生活があるんだから治療費貰うのは当然っしょ!」
「だからって1エリスも取るのはあんまりじゃないですか! 友達なんですよね!? 幼馴染ですよね!?」
「いやいや、友達とか関係ないっしょ。あの場ではあんたとあたしは客と医者。ましてや、ユウなんて知り合って数分の赤の他人なわけだし。それにあれだけの治療を他でやって貰おうってんならもっと多額な費用を請求されてもおかしくないわけ。こっちだって高い薬品使ってるし、さらにこうしてユウだけじゃなくてあんたまでもユウが回復するまで間借りさせてあげてんだからこれぐらい貰って当然なわけ」
「それは友情料金でしょーがッ! この人でなし!」
「はぁ〜!?」
「お前らそろそろ黙らんかい。声が傷に響くわ」
あの壮絶な治療を受けた日からはや1週間の月日が経った。
簡易な患者衣に身を包んだユウは呆れたようにため息をつき、シュシュの作った穀物を柔らかく煮たおかゆのような物を口に運ぶ。
「にしてもユウ、あんたって本当にすごいよね。あの劇薬を投与されてほんの1週間で眼を覚ますなんてさ。何? 本当は魔物のハーフだったりするわけ? ちょっとキモい」
「あー! くーちゃん、人にキモいなんて言ったらいけないんですよ! ユウちゃんはちょっとだけ魔物並みに桁外れな回復力を持ち合わせてるだけです!」
「阿呆。人を怪物扱いするんじゃない」
寝たきりだったとは思えないスピードでおかゆを口の中に掻き込むと頬を膨らませて、ユウは不機嫌そうにモグモグと咀嚼する。
「こんな怪我で寝てられるほど暇じゃないっちゅうことじゃ」
「それなんですよ! ユウちゃん聞いてください! わたしたちが死にものぐるいで稼いだお金を、借金返済のために稼いだお金をこのくーちゃんが! 1エリスも!」
「は? だから何度も言ってるけどーー」
「ーーわかっとる。聞いとった。あんだけ大声で騒いどれば嫌でも聞こえてくるわ。これだけの待遇を受けて無賃でいようなんてもんはどうかしとる。当然の対価じゃ」
「フゥ〜! さすがユウ。話わかるわ〜。こんな乳だけ膨らんだおたんこなすより話わかるわ〜」
「キィーーッ! ユウちゃんまでっ!」
「それでも確か借金返済分ぐらいは残っとったじゃろ。それだけあれば十分じゃ」
「わ、わたしたちのお金持ち計画ぅ〜」
「そんなもん最初から計画しとらんわ。生活の金はまた稼げばいい。質素でも生活ができればいい」
言いながらベッドから飛び起きたユウは少々もたつきながらも自前の服にその場で着替えた。
「世話になったの、クララ」
「は? もう出てくわけ? だってさっき起きたばかりじゃん」
「言うたじゃろ。ゆっくりしておられん。金を返すのは早いに越したことはないんじゃからな。ワシもスッキリせん」
慌てて身支度をしたシュシュを引き連れて扉に手をかけたその時にユウは振り返り、言う。
「医者の免許? なんかわからんが、ちゃんと真っ当に働いたらどうじゃ。お前の腕じゃったら闇医者なんかやっとるより、全然ええじゃろ」
その言葉にクララは若干、顔を曇らせて乾いた笑い声を上げた。
「はは、気が向いたらね。あたしはまだ親父を殺した国のことを恨んでるし……あと、試験受けるのだり〜し!」
「……ほうか。じゃ、またの」
「バイバイ、また遊びに来ますね!」
クララの言葉には敢えて深く首を突っ込むことはせず。あれだけケンカしていた相手に屈託無い笑顔で手を振るシュシュを連れてユウはその場を後にした。
1つの嵐が過ぎ去ったような静寂が訪れた室内でクララはユウの寝ていたベッドに身を放り出して呟く。
「真っ当な……医者か……なんだっけ、それ」
部屋の外から微かに聞こえる友人たちの声を聞きながら、クララはその場でぼーっと天井を見つめ続けた。