疑惑の眼
「……なんじゃ……お前まさか……」
和気藹々と和やかな空気が一気にピンッと張り詰める。
静かな怒気と疑惑に眼光を鋭く光らせ、ユウはシュシュを見遣った。
騙される方が悪い。
そう言ってしまえば簡単な話だ。どんな企みをもその野生的直観の元、見抜いてきたユウ。そんな自分さえも出し抜いたシュシュの所作、言動はどこにもそんな匂いを感じさせなかった。ある意味、それはそれで賞賛すべきなのかもしれないが、今はそれどころではない。
自身にその牙が向いているのだ。それも歩く事さえままならない現状の中で。
「えへへ〜」
子供のように無邪気な笑みを浮かべていたシュシュは一転、真剣な面持ちで一言。
「まずはユウちゃんの怪我を治しに行きましょう! お金を返すのはその後です」
舗装されているとはいえ、慣れ親しんだアスファルトの道路よりかは幾ばくか心地悪い石畳を歩く事数分。
ひと時でも自分の身体を健気に支え、笑顔を絶やさず語りかけてくるシュシュを疑ってしまったことを悔やんでいたユウは一軒の古いマンションの前に連れてこられていた。
マンションと言っても現代的なものではなく、どちらかと言えば欧州風の古い型の物で、やはりこれもテーマパーク的な造りをしたものだ。小さな窓に取り付けられたゴシック調の窓柵はやはり異国情緒に溢れており、ユウには縁遠い造り。
「えへへ〜、実はわたしの知り合い。知り合いって言っても幼馴染なんですけど、ちょっと前に急にこのギルティアに引っ越してしまいまして。あっ、今でもすっごく仲良しなんですよ? 何かある度に手紙を出し合ったりしてお互いの近況報告といいますかーー」
その建物を前にして足を止めたシュシュは嬉しそうにペラペラと喋り続けるが、どうも要領を得ない。
「おうおうおう、それでなんじゃ? ワシの怪我とお前の幼馴染、何の関係があるって言うんじゃ? まさか、ただ仲良し話をする為にここまで連れてきたんじゃなかろう」
「あっはい。そうですそうです。実はその幼馴染の子、このギルティアでお医者さんをやっているんですよ〜。さすがのわたしもそんな自分語りの為に怪我人を引っ張り回したりはしませんよ。も〜ユウちゃんったら!」
肘で軽く小突かれたわき腹に激痛が走る。
「おごぉ……そ、そうか。それは若いのに偉いのぅ」
普段のユウならば軽く怒鳴り散らして文句の1つでもつけてやるところだが、先程の罪悪感が尾を引いているのかグッと痛みと苛立ちを堪えて不器用に笑ってみせた。
「しかし……医者をやってるにしては普通の民家に見えるのぅ。まさか、この住居全てが病院っちゅうことはないじゃろうし……」
「そう……ですよね〜。でも確かに手紙に書いてある住所はここで間違いないはずなんですが……」
色褪せた封筒の束を何度も見やり、シュシュは小鳥のように首を捻った。
「まぁ、取り敢えず入ってみましょう! もしかしたら治療所は別のとこにあるのかもしれませんし」
一抹の不安を抱えながらも言われるがままに簡素な黒色の門を抜ける。案の定、エレベーターなどという気の利いたものはなく、古い石製の階段で3階まで時間をかけて上がりきる。薄暗く、ひんやりと冷気を帯びた廊下を少し歩いた一室の前でシュシュは立ち止まり、街で頻繁に見かけるグリフォンの飾りが施されたドアノッカーを2度程鳴らして、家主の返答を待った。
「へ〜〜い」
数秒の間を置いて、気だるそうな女性の声が扉の向こうから聞こえてくる。
その声を聞いた途端、シュシュの顔が喜びの色を帯びたのがわかった。
「なにー? こんな時間に? 何かの勧誘ならお断りだーーあぶぅッ!」
「くーちゃん! お久しぶ〜!」
真っ白な肌に目に沿って描かれたアイライン。黄金のように輝く金色の髪をした、現代的に言えばギャル風の少女。身長はそんなに高くない。
そんな少女が極めて面倒臭そうに扉を開くや否や、首筋に向かってシュシュは飛びかかるように抱きつきに行った。
「ぬぐぅ〜……ッ!」
支えを失ったユウはそのまま硬い床に尻餅をつき、そこから駆け登るような激痛に涙を浮かべる。
「ウッザ! あんた、相変わらずウザいなシュシュ〜」
「くーちゃん〜えへへ〜会いたかったよ〜」
「わかった! わかったから離れろし。ウザいし、あんたちょっと臭い!」
「えぇ!? や、やっぱりまだ臭いますか!?」
飼い主との久しぶりの再会を喜ぶ飼い犬のように頬を寄せるシュシュの顔を掴み、強引に引き剥がしたギャル風の少女。
ようやく痛みが全身を駆け抜けていったのを安堵し、顔を上げたユウと少女の視線が偶然にもぴったりと重なった。
視線を固定したまま少女は沈黙し、涙目で自身の衣服の匂いを嗅ぐシュシュを尻目にぽつりと呟くように一言漏らした。
「この子だれ?」