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厄介な客

 重く、そして強い決意が感じられる言葉に聞こえようが、ユウからしてみれば必死に堪えた結果、なんとか放り出したものであった。


「お、お姉ちゃんは人を殺したことがあるんでしょ! それなら何人殺したって同じじゃないか!」


「こんの阿呆タレが!」


 固く、小さな拳がカイルの頭に勢いよく落ちた。


「さっきも言ったが、人を殺めるっちゅうんは恐ろしいことじゃ。慣れとかそんなもんじゃない。」


「うぅ……」


 膨れた頭部を涙目でさするカイルを尻目にユウは厳しく言う。


「お前の母ちゃんもお前がその綺麗な手ぇ汚すなんて望んどるわけないじゃろ。それが殺人依頼するだけでものぅ」


 すくりと立ち上がり、ユウはカイルに背を向ける。

 そろそろ休憩時間も終わる頃か、いや、とうに過ぎてしまっているのかもしれない。


「せっかく母ちゃんが故郷から持ってきた数少ない思い出の品じゃ。そのドスも綺麗に取っといてやれや」


 恨めしそうに自身の背を睨むカイルをユウは知らない。だが、そこから振り返りもせずに、




「敵討ちは任せとけや。死なんかよりも恐ろしく、後悔させるような術をワシはよう知っとる」




とだけ小さく言い残し、煌びやかな歓楽街の通りへと消えていった。

 その背を追いかけることはカイルには叶わない。ただ、ユウが残した言葉に縋るしかない己の無力さに打ちひしがれ、涙を流すことしかできなかったからだ。








「ちょっとちょっと、ハッピーちゃん! いったい何やってたの! もうとっくに休憩時間は過ぎてるんだよ!」


 店の前、ユウの姿が見えるなり1人のボーイが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 どうやら思いの外、カイルの説得は時間を食ってしまったらしい。


「すまん、その時間分の給料はーー」


「ーーんなことどうでもいいんだって! さっきから厄介な客がハッピーちゃんを出せって騒いでてさ! いいから早く席に着いてよ!」


「厄介な客ぅ?」


 自分にそんな熱狂的なファンがいただろうか。心当たりがあるとすればこの前、殴り飛ばしてしまった小金持ちの中年ぐらいか。察するに暴行の件の報復に来たのだろうが、そんなものマリリンやボーイ達でなんとかなりそうな気もする。というよりも、娼婦の尻拭いは決まって店側がしてくれていたはずだ。


「いや、2人はケチのウィスリーとむっつりスケベのビルの野郎なんだけどさ、もう1人。初めて見るやつだが、明らかにヤベェのはそいつなんだよ。醸し出す雰囲気ってのかな? とにかく早く早く!」


 引きずられるようにして手を引かれ、騒がしい店内に戻ったユウ。背中を押され、放り出された先の席で深くフードを被った小柄な()を挟んでウィスリーとビルの2人が顔面をパンパンに腫れさせて小さく手を上げたのが見えた。


「なんじゃあ? どうしたその顔は?」


「ま、まぁ、いいから座れよ。いや、先に謝っとくぜ、すまん」


 促されるままに座ったユウであったが、その横に座る小柄な男、いや、()の正体に気付くのにはそう時間を要することはなかった。




「花屋さんで働くなんて、なんでそんなウソを吐いたんですか?」




 格好は男らしく、声色こそ変わってはいるもの甘ったるく、気が抜けるような喋り方には聞き覚えがあり、この時に限ってはそれさえもが酷く冷たく聞こえ、背筋が凍るような感覚を覚えた。


「ーーーーッ!!??」


 ユウは首が捻じ切れんばかりのスピードで逆隣のウィスリーへ向けられる。


「いや、だから先に謝ったろ? 見ろよ、これ。俺だってせっかくの男前が台無しになったんだぜ?」


 怒ったような困ったような、何とも言えない表情で口をぱくぱくと動かしたユウは結局、言葉という言葉を発せぬまま次はビルへと顔を向けた。

 その速さは残像が見えたのではないかと目を凝らすほど、終いにはユウの首が螺旋状に畝り、飛んでいってしまうのではないかと心配になるぐらいだ。


「理由はウィスリーさんたちから教えてもらいました」


「教えたというか口を割らされたってのが正しいぜ?」


「ウィスリー! 余計なことを言うな!」


 見るからに痛い目にあわされながらもそんな軽口を叩けるウィスリーも只者ではない。

 フードの奥から覗くくりっとした幼く可愛らしい瞳が冷暗な光を帯びて静かに連れへと向けられたのに気付き、ビルは慌ててウィスリーを諫めた。


「シュ、シュシュ……理由を知っているのであればーー」


「理由を知っていたとして娼館で体を売るなんてことわたしが納得できると思いますか?」


「アイスピックを握りしめるのはやめてくれ」


 突き立てられたアイスピックの先がガラスのテーブルをギリギリと音を立てて傷を付けていく。

 快楽に溺れ、欲望のままに楽しむはずの娼館内に突如訪れた異常事態。ただならぬ雰囲気を感じ取った店の娼婦や客たちの視線が次第にユウたちの席へと注がれ始める。

 こんな状況では詳細な説明はおろか、言い訳の1つもまともにできたものではない。




「特別接待室の用意を頼む!!」




 苦肉の策、貞操を守り続けて拒み続けて来たその言葉をユウは大きく手を上げ、高らかに声を張り上げた。








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