理由の先、小さなーー
「ほんで……いったい何があった? そもそもお前みたいな小僧がこんな所に来るにはちぃと早すぎやしないか?」
泣きじゃくる少年の手を引いて店前から路地裏の方に連れ出してきたユウは店からくすねてきた青色の炭酸っぽい液体が入った瓶を手渡しながらそう問いかけた。
「…………」
無言のまま瓶を受け取った少年の頭を荒っぽく撫でてユウもその横に腰を下ろす。
「……なんじゃこりゃ。アホみたいに甘いのぅ」
子供の横で堂々と酒を煽るわけにも行かず、ユウもまた同じ物に口をつけるが、頭が痛くなるほどに甘い。酒の弱い娼婦たちの為に用意された物だ。アルコールが入っていないことは確かだが、甘いものが不得意ではないとはいえ、とても飲めた代物ではない。
甘くも苦々しい顔でそれをそっと傍に置いたユウを見て、少しだけ少年の顔が綻んだように見えた。
最初こそ少年はちびちびと小さな口で甘ったるいジュースを飲んでいたが、やがて緊張が解けたように口を開き始めた。
「お姉ちゃん……おっぱい小さいね」
「なんじゃやっと声を聞いたかと思えば、とんだエロガキじゃったか」
かっかっと豪快に笑い飛ばしたユウは自身の胸を見下ろした。
「確かに女としちゃあ誇れる程の物を持っとらんかもしれん。が、ワシはこれぐらいでいいと思うぞ?」
「なんで?」
「動きやすい。喧嘩する時に胸にでっかい重りがついとったら身動きしにくいじゃろう? だから、ワシにとってはこのぐらいが一番じゃ」
「けんかってお姉ちゃんはしょうふなんでしょ?」
「阿呆、娼婦じゃって喧嘩ぐらいするわ。ついこの前も……ほれ見てみろ。口の中が傷だらけじゃ」
かぱっと恥ずかしげもなく大口を開けて口内を見せるユウ。その口内は痛々しいほどに生々しい傷がいくつもある。
「うぅ……」
嫌悪感を隠そうともせず顔を顰めてそっぽを向こうとする少年だったが、ユウはそれを許そうとはせず、頬を掴んで無理矢理にでも見せようとする。
「も、もういい! もうわかったから!」
「あぁん? こんぐらいの傷で泣きそうな顔をしおってしょうがない奴じゃのぅ」
「……お姉ちゃんが変なんだよ」
不貞腐れ気味に少年はそう呟いた後に独り言にも聞こえるような小さく儚い声でこう漏らした。
「お母さんはお姉ちゃんなんかよりおっぱいも大きくてそれに手もすっごいキレイで……すっごく優しかった」
優しかった。
過去形で語られたその言葉にユウは眉をぴくりと動かした。
「……死んだのか?」
「死んでない! 絶対に生きてる!」
「のわりには浮かない顔じゃが」
「帰ってこないんだ……ずっと。ぼくを置いてどっかに行っちゃうはずなんてないのに」
「…………なるほど。それがお前が毎日のように店前で騒ぎを起こす理由っちゅうわけか」
娼婦やキッドの失踪事件。被害者は何人かいるようだが、こうして子を持つ母親がいるとは考えもしなかった。
「だって! それしかないんだもん! お母さんはあそこで働いてて急に帰ってこなくなった! 来月にあるぼくのたんじょうびだっていっしょにお祝いするって話してたのに!」
小さな喉が張り裂けんばかりに大声を上げたその手や身体が震えているのに気付き、ユウは何も言わずに少年の頭を撫でる。
「きっと……絶対にあのイジワルなおじさんたちがお母さんをどこかに閉じ込めてるんだ……絶対、絶対に……」
「親父はなんも言っとらんのか?」
「お父さんなんていないよ。ぼくはお客さんとの間にできた子供だって、さびしい思いさせてごめんねって毎日、お仕事に行く前に謝られてたから」
「……そうかぁ」
よくよく見れば少年の腕は棒のように細く、頬はこけ、身体全体の骨が浮き出てるように見える。とても栄養が取れる生活を送っているようには見えない。きっと今日この日までも自宅にあった少ない食料をやりくりしてなんとか生きてきたのだろう。
「名前は? お前の名前はなんという?」
「…………カイル」
「カイル、お前に一つ聞くが」
「うん」
「お前はあの給仕係の男たちが怪しいと思ってるわけじゃな?」
「うん」
「お前が言うようにお前の母ちゃんが監禁されていたならどうにかして助け出せばいいと思う」
「何が言いたいの?」
「もし、母ちゃんがすでにもう死んでいた場合はどうするつもりじゃ?」
おそらく、少年カイルが最も考えたくなかった。いや、考えることを放棄していたであろう可能性をユウは無慈悲に突きつけた。
しかし、意外なことにもカイルは取り乱したり、泣き出すようなこともせず落ち着いた様子でこう言い放ったのだ。
「……ころす」
カイルのような幼子からは決して発することを許されない言葉。それは昂った感情のままに放たれる暴言の類ではなく、据わった目と冷酷なまで単調な口ぶりが本気であり、覚悟を持った発言だと察せられる。