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抱きしめお姉ちゃん

 赤髪の女は音を支配すると言ったが、肝心な事は話していない。

 まず、能力の範囲。それは自身を中心にしてたった半径4メートル程しかない。次に支配と大きく言って見せたが、実のところは範囲内の音を全てかき消すというだけのこと。また、範囲内の音は消えても範囲外から入ってくる音は耳にすることができる。

 攻撃型というよりは明らかな補助型であるこの能力を駆使して正面から敵対するというのはあまり得策ではないだろう。が、赤髪の女・ローザの勝ち気な性格がそうはさせず、攻撃性に欠けるこの能力を取り巻きを利用することによって補った。獲物を取り囲み、背後から音もなく迫る攻撃を躱せる者がこの娼館内にいるわけがない。

 そして、娼婦の身でありながら特異的に授能を授かった彼女は自負する。




 自分こそがこの娼館を牛耳るに足る人物であると。




 証拠がなければ上も自分を裁くことはできない。この争いの物音は外界に漏れることがないのだから、もし現場を見られたとしても能力を解除して『来た時にはこいつが血を出して倒れていた』と答えればいいだけのこと。

 そう、決定的な、例えば自分が獲物を嬲っている現場を見られさえしなければーーーー




「ローザさん、ここで何をしているの? その子って新人の子だよね? 暴力とかそういうのはいけないって私は思うよ」




 優しく、だが意志の強さを感じる声がローザの背に届く。


「……セイラ」


 ローザは苦々しげに口元を歪め、何も言わずにセイラと呼ばれた女の横を通り抜けていった。


「うぅ、痛かったね。怖かったね。でも大丈夫だよ。お姉ちゃんがぎゅってしてあげるから。ぎゅってすればきっとケガもよくなると思うから」


 青みがかった銀色の髪を揺らし、ユウの側まで駆け寄って来たセーラは徐にユウの頭を両手で優しく抱き寄せて、その豊満な胸に抱え込んだ。

 幸福感と安堵感、まるで母親に包まれていた幼子の日々を思い出す。まだ、無邪気で善悪の判断も付かない自分を時には厳しく叱りつけ、時には優しく抱きしめて母親の顔がフラッシュバックしていきーー


「セイラさんセイラさん! 死んじまう! ハッピーが死んじまうよ!」


 顔面を蒼白にし、今にもそのまま天国へ誘われてしまいそうなユウを見て、リリアンが強引に2人を引き剥がした。


「あ、え? ご、ごめんね! お姉ちゃん、別に悪気があったわけじゃないんだよ!」


 目を白黒とさせ、崩れた身体。どこか幸せそうではあることが唯一の救いか。


「あー……取り敢えず休憩室まで運びましょっか」


 意識の戻らないユウの首が折れるのではないかと思うほど身体を激しく揺らすセイラをそっと静止させながらリッカは苦笑いを浮かべた。





「ーーーーおぅ?」


 見知らぬ天井に迎えられ、ユウはゆっくりと身体を起こす。良い香りがするシーツが身体からするりと滑り、床に落ちた。

 ぼんやりと思考がまとまらない。何か懐かしい夢を見ていたような気もする。


「よかったぁ〜。お姉ちゃん、キミを殺しちゃったんじゃないかってすごく心配してたの。今すぐ、協会に罪を告白しに行こうかって2人と話してたぐらいに。あ、はいお水だよ〜」


 記憶が曖昧ではあるが、どこか見覚えのある銀髪の娼婦から水を受け取り、ユウはゆっくりとそれを体内に流し込む。

 切れた口内が激しく痛んだ。


「大丈夫? ゆっくりでいいんだよ〜」


 そう甘やかすようにユウの頭を優しく撫でながらニコニコと笑う銀髪の女。


「う、うむ……」


 どうにも落ち着かず、横目でチラチラと見てみはするものの不思議なことに()()()()ばかりが脳にチラついてくる。

 確かにスタイルはいい。だが、特筆すべき点は他にいくらでもあるだろう。例えば、陶器のように滑らかで真っ白な肌とか高く小さい形の整った鼻、蕾のように小さく綺麗な桃色の唇とか慈愛に溢れ、吸い込まれそうに鮮やかな碧色の瞳とか。

 今まであった女の中でも飛び抜けて美しいのにも関わらず、大きく形の良い胸ばかり気になってしまう。自分はそんなにもスケベだったのかと呆れてしまうほどにだ。


「はっはっ、しゃあねぇしゃあねぇ!」


「うんうん、セイラさんのおっぱいはハッピーちゃんの(かたき)みたいなものだからね」


 あまり凝視しすぎたか、ユウの視線に気付いた2人は揶揄うようにそう言う。


「しかし、危なかったな。ローザ組の奴らがお前の後をつけていったからもしかしたらと思ったが」


「うん、心配になって追いかけてよかった」


「心配なんかせずとも返り討ちにしてやるとこじゃったわ。多勢とは言え、素人相手にケンカで負けたことなんて一度もない」


「ダメだよ〜、ハッピーちゃんは女の子なんだからケンカなんて危ないことしちゃ」


 ニコニコ笑顔、未だユウの頭を撫で続けていたセイラは少しだけ咎めるように眉を吊り上げた。


「いや、アタシだってお前がそう簡単に喰われちまうとは思ってねぇよ。相手が悪い。だから、あの場ではセイラ姉さんを連れて行くことが最善手だったんだ」


「……どういうことじゃ? ワシにはこの……セイラ? があの場で頼りになったとは思えんのじゃが」


「ハッピーちゃんが相手にしていたのはね、この店のNo.2のローザさんなの。それを傷付けたとなるとちょっちこの店にいるのはキツくなるかも」


「あぁ、だから平和的な話し合いで解決できる人が必要だった。ま、お前がローザの顔に拳を叩きつける前にってのが前提だが」


 言って、リリアンがセイラに視線を移す。


「セイラさんはこの店のNo.1なんだよ。ローザだってそれを考えなしに傷物にしようとはしない。店側から何を言われるか、最悪この店だって追い出されかねないからな」


 そんなふうに紹介されながらもセイラは微塵も鼻にかけた態度を取るようなことをしなかった。むしろ、表情は何一つ変わらず、いい加減頭から手を離してくれと言いたいぐらいに何も変わらない。

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