姿なきオーナー
「やはりグェンが絡んどるわけか……」
「うん、元々ここはママがオーナー兼店長として商売をしていたの。そこに上納金目当てで割って入って来たのがグェン同調だよ」
「まぁ、とにかく強引な手段だったよ。毎日のような嫌がらせを受けてさ、暴行された娼婦だっている。アタシもまぁ、その内の1人ってわけだね」
「しかし、何故マリアンヌはそのままにされとる? 自分のものにしたいのであれば、別の者を長に据えるのも手段としてはあるだろうに」
「リッカが言ったようにママを慕ってこの娼館にいる娘たちは多いんだ。暴動や多数の辞職が起こる可能性も考えて無理に代役を立てるよりはオーナーという立場だけを奪って経営はママに任せた方がいいと判断したんだろう」
「ちゅうことはこの娼館内にオーナーであるグェンの一員がいるっちゅうわけじゃな」
2人は一時、視線を見合わせて顔を曇らせた。
「いるはずだよ」
確信を持てぬような曖昧な返答にユウは眉根を寄せる。
「待て、はずってのはどう言うことじゃ? これ店のオーナーなんじゃろう? いるかいないかぐらいはこの娼館にいればわかるはずじゃろう」
「オーナー室はある。一番南にある角部屋さ。灯りがついてるのも目にしたことがあるし、娼館内に入って来てるのは間違いない。ただ、その姿は見たことがないんだよ。少なくともアタシらはさ」
そんな馬鹿なことがあるのか、とユウは呆気に取られる。
この3ヶ月、一度も顔を合わせず、この娼館内で悪意を潜めているなんてことができるのか。名前だけのオーナーであればそれもなんとなく納得はできようものだが、実態は違う。確かに金を徴収し、娼婦たちやキッドの姿が消されるような悪意がここにはあるのだ。
「……マリアンヌなら知ってるはずじゃな」
繋がる糸はそこにしかない。まさか、店長であるマリアンヌまでもがその存在を知らぬと言うわけはない。
が、それさえもリッカは首を横に振り、否定する。
「売上金は毎回、扉の前に置くと翌朝にはなくなってるってママは言ってた。ウチら娼婦も今後、どんな扱いを受けるのか気になってたからママに聞いた娘たちは多いと思うよ」
「マジかよ……ママさえも知らないなんてアタシも初耳だぜ」
腕を組み、ユウはじっと考える。
僅かに繋がっていたと思えた細い糸が断ち切られた今、自分がどのように動くのが得策かと。
「マリアンヌがウソをついてる可能性は?」
「「ない!」」
2人は間髪入れず、口を揃えてそれを否定した。
「じゃが、断定する証拠もないじゃろう? そのウソが悪意あるものとは限らん。もしかすると、お前らを守る為についたとも考えられるわけじゃ」
返す言葉もなく、2人は口をつぐんで視線を落とした。
「まぁいい。これもワシの推測に過ぎんわけだし、こちらとてお前らを否定するような材料はないわけじゃからな」
「ママがウチらにウソをつくなんてこと信じたくないもん」
よほどマリアンヌのことを慕っているのだろう。先程の笑顔がウソのように口を尖らせて不機嫌そうな態度を取るリッカ。これ以上、マリアンヌを疑うような言葉を発するのは悪手にしかならない。下手を打てば、リッカの協力を仰げなくなる可能性さえ出てくる。
「して、そのオーナー室とはどこにある? 外からでも入れそうなところか?」
「だから言ったろ? 南だよ南。娼館の最奥、接待エリアから淫売用の個室が並ぶ廊下、そこから階段を登りさらに給仕役の従業員たちの休憩室がある長い廊下を抜けた先さ。隠し通路でもなければ出入り口はそこだけだよ」
と、そこまで言ってリリアンはハッとしたように目を開き、ユウを見つめる。
「おう、今日の閉店後に少しばかり訪ねてみようと思う」
「ちょっと待て! 相手はグェン、それも行方不明事件の犯人かも知れないやつなんだぞ!? そんなノコノコと出向くような真似なんてあまりに馬鹿過ぎるだろう!」
「そ、そうだよ! 危ないよ! もし、行くならウチらも一緒にーー」
「ーーいや、ワシ1人で行く」
きっぱりとそう言い切って、ユウは言葉を繋ぐ。
「お前らの言うように相手がどんな手段を使ってくるかわからん。危険なことにお前らを巻き込みたくはない。それに出入り口がそこにしかないのであればオーナーは十中八九、店側の人間じゃ。ならば、隠密行動は必須。ぞろぞろと複数人で向かうのはあまり目立ち過ぎる。もしかしたら、店の誰かがオーナー室に入って行くのを視認することができるかもしれんからのぅ」
「確かにそうだけどよぉ……」
「大丈夫じゃ。いざとなれば腕っぷしでなんとかするわ」
ユウの豪快な笑いと共に休憩時間の終了を告げるベルが鳴った。
「おっと、仕事の時間じゃな! なんだが、元気が出て来たぞ!」
久しぶりのケンカの可能性、これぞ自分が得意とする分野。正気を取り戻し、軽い足取りで部屋を出て行くユウの背中を眺めてリッカがポツリと呟く。
「……ハッピーちゃんって何者なの? とてもミリアちゃんの妹なんて信じらんない」
内気な姉に豪胆な妹。それほど珍しいことでもないが、ミリアの性格を記憶していたリッカにはあまり衝撃的なことであったのだろう。
リリアンにさえもフォローする言葉は思いつかず、
「……馬鹿なんだろうな」
ベラムにタイマンのケンカを売るぐらいだし、と胸の中でそう続けた。