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娼館の影


「ミリアちゃんでしょ? うん、覚えてる」


 長い時間を要したリッカの涙、その後にようやく冷静さを取り戻した彼女は涙を拭いながらそう言った。


「大の仲良し、スパ友ってわけじゃなかったけど休憩時間が同じになった時とかはたまに話してたから」


「ほらな、正直に話してよかっただろ? こいつは何かと顔が広いんだよ」


 得意気にリリアンは鼻をかくが、()()()という点には甚だ、疑問を覚えるユウ。


「何か覚えておらんか? 姿を消す前の言動や不可解な行動、なんでもいいから話してくれ」


「う〜ん……不可解なことかぁ……あっ、そうだ!」


 頭を底に眠っている小さな記憶を手繰り寄せるようにリッカは数度、人差し指で額を叩き、目を見開いた。




()()()になんか言い寄られてるみたいだったよ!」




 聞かずともわかる、その客の男の名はキッドに違いない。

 潜入初日、最早ここまで早くキッドの名を知る者に出会えるとは思わなかった。

 慣れない業務に憔悴していたユウの目に光が僅かに戻る。


「詳しく頼む」


「オッケー! お姉ちゃんの為だもんね。ウチも頑張って思い出すから」


 好感を高まらせるような快活な笑顔と共にリッカは親指を立てて見せた。

 ノリが良いとか気の良いとかそんなものを凌駕したようなその明るさにユウは人知れず安堵の笑みが漏れる。


「接客中、しっかり見たわけではないんだけどなんか人畜無害そうな気の弱い若者って感じだった。あとなんかオモロいハゲたチビのおじさんとデカいオジサンもいたかなぁ。つっても最初の日だけね。後は大体、1人で来てたかな、確か」


「その男についてミリ……姉はなんか言うとったか?」


「うん、毎回毎回プレゼントを持ってこられて困るって。大した接客もできない自分なんかになんであの人はそこまでしてくれるんだろうってぼやいてた」


「姉は迷惑しておったわけか……救えない奴じゃの」


 内気そうな笑みを浮かべたまま、慣れない娼館で娼婦に貢物を渡し続けるキッドの顔を想像してユウは何とも言えない感情を抱える。


「いやいや、最初はね。最初はあんまり乗り気じゃなかったみたいだけど回数を重ねる内に満更でもない感じ。たまに貰ったアクセとかを幸せそうに眺めてたりしてさ」


「ほう、姉もまた好いておったのか」


「たぶんね。聞いても顔を真っ赤にするばっかで答えてくれないし、本人の口から聞いたわけじゃないんだけどさ。あれはマジ惚れてたね」


 ニシシと下品に笑うリッカの横顔にリリアンが不意に言葉を投げかける。


「だが、ミリアは姿を消した。そんな幸せの絶頂期でありながら、誰にも言わず忽然と」


 そう、その先に何があったのか。霧の立ち込める先の真実に何があったのかを確かめる為にこの場に来たのだ。決して、2人の淡い恋話を聞きに来たわけではない。


「それなんだけどさ、普通に駆け落ちなんじゃないの? ウチもそんなに長い間、この店にいるわけじゃないけど娼館では普通にあることなんじゃないの?」


 想い合う2人に、娼館という拘束。普通に考えればその解が出てくるのは当然のことである。そもそも、2人の駆け落ちを否定する根拠などどこにもない。ウィスリーやビルが勝手に言ってるだけのことだ。




「…………って言ったけど、ウチは駆け落ちなんかじゃないと思ってる」




 意外にも沈黙を破ったのはリッカであった。


「何故、そう思う」


「わかんないけど、なんかミリアちゃんが駆け落ちできるような子には思えないんだよね。それにママに一言も無しってのは信じられない」


「アタシもそれが引っかかってた。普通の娼館じゃ、当たり前のことだが、どうにもそれだけが気にかかる」


 言わんとしている事がわからず、ユウが首を傾げるとリリアンは煙を上げる灰皿に水をかけて続ける。


「この娼館の娼婦たちは何かと訳ありが多い。好きでこの仕事についたやつもいるが、大半は借金の方にとかそんな感じでさ。身体を売ることを無理強いされるってのはそういう奴らにとっては地獄だ。が、ママは決して強要することはない。だから、こうして飲食の接待っつう金を稼ぐ別の手段があるわけだし、淫売だって娼婦に決断は任せてるわけだ」


「それにね、普通なら娼婦を娼館の外に自由に住まわせるなんて考えられないんだよ。簡単に逃げ出せちゃうわけだし、ママにとっては何の得もない。むしろ、安く住める賃貸を紹介してくれるぐらい」


「ママに救われた娼婦は多い。格付けはされているが、売上の有無でとやかく言われることはないし、辞めたければ別の仕事を快く紹介してくれる。だから、駆け落ちなんてする必要がないんだよ」


 どうやら店長であるマリアンヌは人望に厚い人物らしい。リッカの言葉にリリアンがこれほど恩を感じている理由もわかった気がする。


「じゃが、駆け落ちでないとすればなんじゃ?」


 そして出てくる次の疑問。ユウは正面からそれを2人にぶつける。


「ハッピーちゃん、この魅惑の果実の元締めが変わったのがいつか知ってる?」


「元締めって言うとグェン同盟にか? いや、知らん」





「3ヶ月前。娼婦が相次いで行方不明になり出したのもちょうどその頃からだよ」





 リッカは静かにそう答えた。

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