女のウソは恐ろしい
「あぁ〜〜なん、いやぁ……そうじゃなぁ……」
視線は四散し、歯切れの悪い言葉は出るが、決してそれはリッカを納得させるような効力はない。
まさかここに来てリリアンに裏切られるとは思わなかったと憤りよりも焦り、混乱が脳を埋め尽くし、ウソが上手くつけない。元より、ここで気の利いたウソをつき、リッカを欺けるほどユウは器用な性格をしていなかった。元の世界、極道に身を置いていた時も面倒な腹の探り合いはほとんど若頭の鰐淵に任せきりであった。組のトップが集う会合でも所詮は三次団体の弱小組織、次期会長を勇三郎に、などと噂程度の与太話が囁かれてもいたが、基本的には上の話を口をつぐんで聞いているだけ。ウソの応酬をするぐらいならその腹に据えているものを全てぶち撒けた上での拳の語らい、その方が楽で潔く感じたし、むしろそれしかできなかった。
駆け引きの不得意さはリュゼとの一件が物語っている。
他所から見ても呆れるほどの戸惑い加減に、リリアンは再度大きなため息を吐き、助け舟を出す。
「ミリアって娘がいただろ? こいつはそのミリアの腹違いの妹らしいんだよ。それで、リッカ。あんたはミリアについてなんか知らないかい? 急に辞めちまっただろ、あの娘。アタシもその娘の教育係をしていたわけじゃないからどうなったのかわからなくてね」
「お、おい! 何故、そんなすぐバレるようなウソを! ワシはミリアって女のことなんか全くもって知らんし、見たこともないぞ!」
堪らず、ユウはリリアンの手を引いて部屋の隅に連れ出し、声を潜めながらも吐いたウソの大きさと危うさを責め立てる。
しかしながら、リリアンはこれっぽっちも悪びれる様子もなく、むしろ自分を責めるユウを小馬鹿にするように肩をすくめて見せた。
「あのな、ユウ。娼婦っての多かれ少なかれ、秘密を隠し持ってるもんさ。わざわざ、ご丁寧に家族構成や娼婦になった経緯をペラペラ喋る馬鹿がいるもんか。まして、腹違いの妹がいます、なんて同僚とは言え見ず知らずの他人に語るわけがないだろう」
「リッカは語っとったぞ、娼婦になった経緯を」
「はっはっ、あんたはおめでたいやつだね。あれを真に受けたってのかい? あんなの デタラメだよ。あたしは前に借金の方に家族に売られたって涙ながらに新人に話してるのを見たことがある」
「なっ! あ、あれはウソなのか!?」
思わず目を丸くするユウ。
「さぁね、何が真実かは本人にしかわからないものさ」
「お、恐ろしいのぅ」
「リッカって奴はそういう奴なんだよ。どこか掴み所のない変な奴だ。が、悪い奴じゃない。あの明るさだ、娼館内での顔も広いし、情報を集めなんて面倒臭い仕事に協力してもらうにはうってつけの人物だと思うよ」
カッカッと姉御肌的に笑うリリアン。
「話を戻すが、腹違いの妹なら顔を知らなくたって不思議じゃないだろう? 別れた父親が別の女を作って孕ませたなんてことも考えられるわけだし」
「じゃが、キッドのことならよう知っとる。妹にするならキッドの妹にすればーー」
「アホ、従業員である娼婦を探しているのと客の男を探してるのじゃ意味が違ってくる。後者なら、妹を装った借金とか犯罪とか別の問題を解決しに来た使いとも疑われる可能性があるし、そういった面倒ごとは店側も嫌がる。バレたら即刻、クビになるだろう。が、前者ならどうだ。身を投げてまで姉を探しに来た健気な妹。少しの怪しさがあれど、よっぽどのポカをやらかさない限りはお涙頂戴しながら自由に探りを入れられるってわけさ」
「そんな上手いこと行くかのぅ……」
「なに、身内や友人を頼ってなんてことはこの娼館ではよくあることだよ。子供の頃、身売りされた姉を探しに来たなんてのは耳が腐るほど聞いたことがある」
妙に自信満々な態度を取るリリアンだが、それがより一層不安にさせていることを本人は気付いていない。だが、それを否定するような確かな反論をユウは有していない。リッカにはすでにウソを告げてしまっている。であれば、最早、今ここでアレコレと考えようも手遅れということだけは間違いない。やっぱ今の無しとでも言おうものならば一層に信憑性に欠け、要らぬ疑いをかけられてしまうだろう。
仕方なく、意気揚々と戻っていくリリアンに続いてユウもまた、リッカの目の前の席へと尻を落ち着かせた。
「ハッピーちゃんさぁ……」
戻るなり、浴びせられたものは訝しむようなジト目と何か追求したげに発せられた自分の源氏名。
ユウの喉が形を作って息を飲み込んだ。
「ミリアちゃんの……妹だったんだね……ぐすっ」
ーーあのウソが通じたじゃと!?
驚きと動揺のあまり、ユウの首が急回転してリリアンへ向く。
「それも腹違いだなんて……きっとすっごい訳ありなんだね……ぐすっぐすっ」
ぽろぽろとリッカの大きな目からこぼれ落ちていく大粒の涙にユウは震える。
なんてちょろいヤツなんだ、と。
まるで同調するようにリッカの背中を撫でながら慰めるリリアンの空いた手にはひっそりとしたサムズアップが。
この流れに乗るしかない。ウソは嫌いだが、覚悟を決めろと言わんばかりにユウは拳を握りなおし、
「うむ……実はワシも元嫁の作った借金の方に姉が身売りさせられたと最近、危篤の親父に聞いてのぅ……」
渾身の悲しい気な表情を作ってみせ、リッカの同情を買いやすいようなウソを吐き出した。
「そうだったんだね……ぐすっ……そんなの勝手すぎる……うわぁ〜ん!!」
作戦は成功し、無事にリッカを信じさせることはできたが、そのリッカが泣き止むのには休憩時間の半分を要したのであった。