鉄球に想いを寄せて
ギシギシと悲鳴を上げる身体がユウを諦めろと諭すように激痛を引き連れてやってくる。
とうの昔に限界なんか迎えている。
あの左腕を粉砕された一撃を受けた時、自分には敵わないと初めて思い知らされた気がした。だが、敵わないと諦めるは違う。どんな強敵にだって諦めずに戦ったからこそ今の自分がある。たくさんの仲間もついてきた。
だからーー。
「……寝るにはちぃと早いじゃろ」
油の切れたからくり人形のように軋む手足を動かす。あの粉々に砕かれたはずの左腕さえも根性のままに。
射るような慧眼を真下に構えるベルセルククレフター向けたユウの視界の隅にいくつかの小さな影が急降下していくのが見えた。その数秒、それらはベルセルククレフターに次々と命中し、あの堅い殻に穴を空けていく。
「わたしだって……戦え……ますよ……!」
青白い顔でユウの背中にもたれかかるシュシュの弱々しい吐息が首筋に当たるのを感じた。
鉄球による空襲攻撃はその自重と落下速度も加わり、ひとえに即席の大砲といったところか。その威力は凄まじい。
「よぉやった。シュシュ、最後にワシに1つそいつを渡してもらえんか? それが終わったらゆっくり休んどっていい」
「は……はい……」
細く足りない腕から生み出された鉄球をしっかりと受け取り、ユウはすーっと深く息を吸い込んだ。
そしてそれを真っ直ぐにベルセルククレフターへ向け、さながら飛び込みの体勢のように空気抵抗を極限まで減らすため地面と垂直に身体を伸ばす。勿論、意識を失くしてしまったであろうシュシュが吹き飛ばされないようにがっしりとボロボロになった左腕で掴みながら。
「日本の極道……舐めるなや……ッ!」
歯を食いしばり、衝突に備える。
風を切るように錐揉み回転して垂直に落ちていくユウの目が捉えるのはベルセルククレフターの脳天。
高速で地面に落下する速度は想像を絶する速さ。思わず、眼を閉じてしまいそうになるが、そうもいかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
咆哮にも似た雄叫びを上げ、2つの影が地上に降り注ぐ隕石の如く落ち行く。
迎え撃とうと2つの巨大なハサミを伸ばしたベルセルククレフターのそれを高速ですり抜けて、爆撃音とも聞こえなくもない凄まじい轟音を立ててユウ達は目標の脳天に衝突した。
衝撃で腕がもげ落ちそうな、いや身体が粉々になってしまいそうな感覚に意識を失いかける。が、すんでのところでそれを堪えきった。手を離せばそれで終わってしまいそうな気がしたから。
ミシャッ!
耳障りの悪い堅い何かが割れるような音。
噴水のように青緑色の体液を噴き上げて、ベルセルククレフターはゆっくりと身体を地面に沈めていく。
全身を粘つく液体に塗らせ、風穴を通り抜けた2つの影は勢いを完全には殺し切れず、大地を跳ねて数メートル先にボロ切れのように転がった。
「た、倒した……で……ござ……る……?」
ベルセルククレフターの巨大が地を揺らし、完全に沈黙したのを見届けてニオタが膝から崩れ落ちるようにその場へヘタリ込むと、他萌ゆる夢メンバーたちもまた安堵しきった顔で音を立てて地面に倒れこんだ。
親玉が殺られ、動物的本能が働いたのか小型のベルセルククレフターたちも森の奥へ一目散に消えていった。
守るための畑は見るも無残な荒地に変わり果ててしまったが、彼らは見事巨大ベルセルククレフターを討伐したのだった。
「うおーッ! やったやったでござる!」
「ユウ氏、シュシュ氏、マジ神!
天高くを見上げながら嬌声を上げるニオタ達の叫びを耳鳴りの中で聞きながら、体液と泥に塗れたユウはシュシュの手を握り、柔らかに微笑む。
「やったのぅ、シュシュ。よう頑張った」
気を失い、返事は返ってこないが、何度もユウはシュシュの頭を乱暴に撫でた後、空を流れる雲、背中に感じる暖かな大地を感じ、ゆっくりと暗闇に溶け込むように目を閉じていった。
「やりましたね! 報酬1エリスと5ソリドゥス! これでわたしたちもお金持ちの仲間入りですかね!?」
「阿保! こっちは歩くのもしんどいんじゃ! もうちっとゆっくり歩け!」
「いやぁ〜まさかまさかこんなにいっぱいお金貰えちゃうとは思いませんでしたね、ユウちゃん!」
「だぁかぁらぁ〜」
満面の笑み、ほくほく顔で金の入った袋を抱えるシュシュと見るも無残にボロボロの姿で肩を貸されて歩くユウ。
均一に立てられた街灯がレンガ張りの道を照らす中、2人はなんとか命を失わずまたこの街に帰ってきた。
報酬はギルド管理協会の職員、あの初老の男により速やかに分配された。ユウたちの取り分についても周りからは何の不満も出ず、むしろ少ないぐらいだとニオタ達が言ったぐらいだ。
だが、元より借金の為に働いていた身。ニオタ達の気持ちは有難いが、協会員の決めた取り分で充分満足している。
まぁ、そのやり取りを気を失っていたユウやシュシュは見ていないのだが。
この街でギルドを立てている彼らのことだ。きっとまたどこかで出会うこともあるだろう。別れの直前、目を覚ましたシュシュとは違い、今しがた意識を取り戻したばかりのユウはそれが済んでいない。礼はその時にでもしよう、と後方、走り行く馬車をぼんやりと眺めてユウは口の端を僅かに上げた。
まだ、ユウにはやらなければいけないことがある。
「よっしゃ、シュシュ金返しに行くぞ」
ガタガタと足を震わせながら、生まれたての子ヤギのように歩くユウがそう告げるとシュシュはニッコリと微笑んで首を振った。
「ダメですよ」