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なぜ、娼婦になったのか

 重々しく顔を上げた先にいたのはクララとはまた違ったタイプのギャルがニコニコ笑顔を貼り付けてユウを眺めていた。

 クララにはどこか気怠い雰囲気を感じるが、目の前の女にはそれを感じない。太陽のように明るく、周囲を盛り上げるとでも言おうか、元気いっぱいにノリで人生を謳歌しています、そんなところだろうか。


「ねぇねぇ! 新人ちゃんでしょ? ウチ、 ()()のリッカ! よろよろ〜」


 屈託のない笑顔に、キンキンと耳に響く可愛らしい声、金色の髪に入ったピンクのメッシュ、身振り手振りは子供のように大げさで、そのどれもがユウには眩く感じた。


「放っておいてくれ……ワシはもう……ワシは……ダメなやつなんじゃぁ……」


「え、うそうそ? 一人称、ワシ? ウケる」


 どうやら会話のキャッチボールができないらしい。

 聞く耳持たず、弱りきったユウをリッカはさぞ面白そうに見つめる。


「なに? 初仕事、上手くいかなかった? なら、ウチが新人ちゃんのお悩み相談聞いたげよっか! つってもウチも入って半年も経たないぐらいなんだけど」


 捲し立てるようなマシンガントークに、何を言っても席を立ち、どこかに行ってくれそうにないリッカに仕方なく、ユウは重い顔を上げる。


「つまらん……」


「つまらない?」


「うむ、客の話もタダ酒を飲むのもなんもかんもつまらん……。ワシはきっとこの仕事に向いてないんじゃ」


 普段、豪胆に振る舞っているユウだが、この場にいる彼女はまるで別人のよう。慣れない環境と慣れない仕事に弱りきったユウはぽつぽつと幼子のように心情を吐露した。

 が、その端的な愚痴にリッカは嫌な顔一つすることはなく、むしろ同調するかのように大きく頷き、


「わかる」


と一言。


「大体の新人ちゃんはそれで店を逃げるように辞めてっちゃうから。ママに泣きながら訴える子もいたし、手紙1つ残さず姿を眩ませちゃう子もいた。実際、ウチも入店当初はそう思ったし、今でも心の底から楽しいと思ったことなんてないよ」


「なんじゃ、お前もか……。じゃが、お前はまだここにいる。何がお前をそうさせるんじゃ」


「へ? 単純に()()()()()()だけ」


「か、金だけか?」


「いや、お金は大事っしょ? ぶっちゃけ、ここより羽振りがいい店なんてないし、ウチ頭悪いからさ、フツーの仕事してもすぐクビになっちゃうわけ。だから、お金の為になんとな〜く我慢して働いてたらこんなんなっちゃった」


 てへっと小さく舌を出しておどけて見せるが、ユウには到底、理解できない。それを察し取られたか、リッカはゆっくりと舌をしまい、合わせた指で遊ぶ。


「いや、ウチってすんごい貧乏でさ。マジで明日生きてるかなぁなんて考えながら眠りにつく感じで、だからどんな仕事であれ、お金がたくさん手に入るならウチは辞められないってわけ」


「……そうか。ワシも貧乏ではあるが、考え方っちゅうのは人それぞれじゃもんな」


「そうそう!」


 根本的な解決には至ってはいないが、そんな考え方もあるとユウなりに飲み込むことにした。


「てかさ、ハッピーちゃんも災難だね〜」


「ん? 災難? 何がじゃ?」


「いやいやだってさ、教育係がリリ姉でしょ? やさぐれた感じがなんかおっかないし、妙にギラギラしてるっしょ? 野生のケモノ〜みたいな?」


「誰が野生のケモノだって?」


「ピギィっ!?」


 話に夢中で背後より迫り来ていたリリアンの気配に気付くことができなかったのであろう。力いっぱい肩を握りしめられたリッカが悲痛な悲鳴を上げて飛び上がった。


「ったく、アタシはアンタの教育係でもあることを忘れるんじゃないよ?」


 どこか体調の悪そうにドカリとリッカの横に腰を下ろしたリリアンは小さく舌を打ち、怠そうにタバコに火をつけた。


「大丈夫か? どうにも体調が悪そうじゃが……」


「あ〜……お前にあの変態共の相手をさせなくて良かったわ」


 大きく吸った息を煙ごと吐き出してリリアンは頭を抱える。




「ケツが痛ぇ……」




 何かの境地に入ったかのような遠い目でリリアンは小さくそう呟いた。その短い言葉を聞いて、ユウは察する。そして感謝と謝罪の意を兼ねて深く深く頭を下げた。言わば、彼女は自分の為に犠牲になったようなものなのだから。


「ぷぷぷ、お尻が痛いってリリ姉ってば、お下品〜ーー痛い痛いッ! 太ももをつねるのはやめて!!」


「マジであれが初体験ならトラウマもんだよ。しょうもねぇ男どものくせにブツだけは立派なもん持ってやがる」


 苦い顔でタバコを吸い続けるリリアンの顔がその激戦の様子を物語っている。


「……んで、ハッピー。少しは情報を集められたのかい? 客なり従業員なり話をする機会はいくらでもあったろ?」


「あ、いや……何も……というか、リリアン。その話は今は……」


 リッカが隣にいる。

 そんな状況下でユウがこの場に潜入調査をしに来てるなんてことはあまり大っぴらに話をしたくはない。人伝にマリリン達、従業員たちの耳に届くばかりか元凶にも警戒されかねない。

 焦るユウをリリアンは冷めた目で笑い、


「馬鹿かい、あんた。それじゃ、慎重になるばかりでろくに情報も集められないじゃないか」


首を振る。

 それを聞いてリッカが疑問に思わないはずもなく、小首を傾げて長いまつ毛の際立つ目をパチパチと瞬かせた。


「え? なに? どゆうこと? 情報? へ?」


 壊れたおもちゃのように一語一語に疑問符をつけてリッカは惑う。

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