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娼婦はつらいよ


「ちょっと待ちなよ!」


 大金を前にまごついていたユウの間をリリアンは割って入るように前のめりになって声を上げた。


「あんたの言う通り、そんな技術もない顔だけの新人なんて抱いてどこが楽しいんだい?」


「おっと……どうやら嫉妬させてしまったようだ。私も罪な男だね」


 ニヤつき勘違いをするモミアゲの傍らでリリアンはユウに一瞥をくれると小さく息を呑んだ。


「特に新人なんてのは禁止事項も多い。抱いてて楽しいのはアタシみたいな女だと思うけど?」


「ふーん……キミには禁止事項ってやつがないんだ……なら俺が買っちゃおうかなぁ」


 モミアゲの部下らしき男が鼻の下を伸ばしてリリアンの谷間を覗き込む。


「必死の求愛も嬉しいが……私はこの子を買いたい。そう思ったんだよ」


 鼻を鳴らし、必死に食らいつくリリアンを嘲笑してソファに背を預けるモミアゲ。が、尚も食い下がらず、その身なりを瞬時に観察し、リリアンは人差し指を立てた。


「1枚だ。1枚でアタシを好きにしな。禁止事項もなし。無制限、2人合わせて1枚きっかりだ」


「「無制限……」」


 中年2人は同時に喉を鳴らし、唾を飲み込む。

 一流娼館において2人合わせてたった銀貨1枚で無制限、禁止事項なしは破格中の破格。少しの金の蓄えがある小金持ちこそ実は人一倍、金への執着が強い。

 それによくよく見てみれば、少しやさぐれた感はあるもののリリアンもそれなりに顔立ちは整っている。スタイル面で言えばユウと比べてもリリアンに軍配が上がるだろう。


「3人でか……ふ、ふむ、それもまぁ……悪くない……」


 モミアゲは決して金が理由ではない、と取り繕う様子を見せながら顎を静かに撫でた。


「キミもこんな先輩が教育係だと大変だな。まったく新人教育のことなど考えていない性欲の権化じゃないか」


「交渉成立だね。つうことだから、頼むよ」


 リリアンはボーイに視線を向け、短くそう告げるとユウの手を取って席を立った。


「少し花を摘みに行ってくる。この子も一緒にね」


「おやおや、先輩の教育かね? 怖い怖い」


 離れ行く2人の尻あたりに視線を向けながら中年たちはそうからかうが、リリアンが後ろを振り向き、何か言葉を発することは一度もなかった。


「ふぅ〜〜……ヒヤヒヤさせんなよったく」


 接待フロアから離れ、廊下の影に隠れたリリアンは大きく息を吐き、眉根を下げた。


「アンタ、男に抱かれたことなんてないんだろ? なら、まだ間に合う。本格的に娼館で働くことになったわけじゃないんだからあんなつまらない奴らに初めてをくれてやることなんてないんだ」


「す、すまん……」


「中抜きはあれど一発やれば大金が手に入るからね、目が眩むのもわかるけどな」


 快活に笑い飛ばし、リリアンはタバコに火をつけた。


「美味いか? ワシにはどうも合わんようで美味そうに吸ってる奴らを見ると不思議に思う」


「さぁね……美味いか不味いかなんてあんまり関係ないのさ。結局はあったほうがいいのか、なくていいのかってことだよ。アタシはね、これを吸っている間、余計なことを忘れられるんだ。嫌なことも良いことも、それからこれからあのオヤジたちに抱かれるっていう最悪なこともな」


 静かに煙を吐き出して、リリアンは小さく笑う。


「とりあえず、その間アタシはあんたの面倒を見れない。口酸っぱく言うようだが、絶対に客からの金は受け取るなよ? あんたにはキレイな体でいて欲しいんだ」


「……まだ、ワシが店長、ママに危害を加えるかもわからんのにどうしてそんな目をかけてくれる? 疑いが晴れたわけじゃないんじゃろ?」


「言ったろ? アタシはあんたのファンなんだ。なに、信者の勝手な願いとでも思ってくれたらいい。偶像的存在であるアンタには汚れないでいてほしいって一方的な願いとさ」







「ぐおぉぉ……しんどい、つまらん、辞めたい」


 リリアンが()()()()()もユウは四方のテーブルについて自分なりに愛想を振り撒き、客の接待に務めた。無論、リリアンから言い付けられように口説き、肉体関係を迫ってくる客からの金を断りながらだ。

 そんな時間が数時間ほど過ぎた頃、化粧直しと称してユウは楽屋に帰される。休憩時間だ。

 楽屋に着くなり、人目を憚らずユウは机に突っ伏してそんな泣き言を漏らす。そして、前世でも周りの人間、特に無理に酒の席に誘った組の若い衆も同じ気持ちだったのかもしれないと罪悪感を覚えていた。

 同じく休憩を迎えた娼婦たちや今から出勤の準備をする者、異常に騒がしい外の喧騒にさえ気にもせず、ユウは静かに目を瞑る。眠いわけでもないが、そうしていれば早くこの時間が過ぎる気がした。

 ただ、ユウがこの娼館に潜入した理由を考えれば、今こそがその情報収集の時間であることは間違いない。その役目さえ、全うできないほどの精神的疲労に苦しめられているユウにはこの依頼は向いていないのではないかと思われる。


「おっつ、おっつ、おっつー! へいへいへい、新人ちゃ〜ん? あたしと茶でもしばきながらお話でもしな〜い?」


 額をテーブルにべったりとつけて唸るユウの前に誰かが座るなりにそんな軽い声が聞こえてきた。

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