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ハッピーじゃ、よろしく頼む


「ほぉ、新人さんね……なかなかどうして魅力的な容姿をしてるじゃないか。むふふふ」


 いよいよ、魅惑の果実での初出勤が始まった。

 入店初日ということもあり、ユウはとりあえず教育係であるリリアンに連れられて、常連客らしい中年の男2人の横に座る。

 暗い店内をチカチカと照らす色とりどりの光。おそらく高級なものであろうフカフカのソファに尻を沈ませて、男たちの話を聞き、時に盛り上げながら酒を煽る。頻繁に足を運んではいなかったものの、それは元の世界で言う()()()()()の様相に限りなく近い。


「あぁ、今日入ったばっかりの新入りだよ。だからってあまり変な事を吹き込んだり、騙すような真似はしないでおくれよ。ここでやめられちゃ、教育係のあたしに責任が問われちまう」


 少しは裕福な生活をしているのだろうか、やけにもみあげの太い中年は赤ら顔でユウを舐めるようないやらしい目で眺める。

 その横でリリアンは辟易とした口調で愚痴めいた言葉をこぼすが、それもユウの事を思っての行動だというのは先程のやり取りがあってこそ理解できた。


「ハッピーじゃ……よろしく頼む……」


 柄にもなく、大人しく酒をちびちびと口に運び、ユウが小さな声で名乗ると男はにんまりと口を歪め、ユウの太ももをさすった。


「おい! お触りは金を払ってからにしな!」


「なんだなんだ、そう怒るなよ。ただのじゃないですか。ねぇ?」


「あぁ、そうともそうとも。これはただのスキンシップだよ」


 セクハラを受けるユウを見て、堪らずリリアンが立ちあがろうとするもその横にいたもみあげの中年の部下らしき男に肩を抱かれて阻まれてしまった。

 リリアンがその手を振り払おうとする間に醜悪染みた笑みを浮かべるもみあげの行動は次第にエスカレートしていき、虚な目で酒を煽るユウの股辺りに手が伸びていく。


「それ以上やるなら店のもんを呼ぶよ……」


 ドスの効いた極めて威圧的声色。

 数秒の睨み合いの末、もみあげはつまらそうに舌打ちをすると名残惜しそうに手を引っ込めた。


「おい、ハッピー! あんたも抵抗ぐらいしろ!」


「あ? う、うむ……」


 心ここにあらず、気のない返事をするユウにリリアンは深いため息を吐く。

 呆れ返るリリアンも無理はないが、スケベ心を持って身体を触られる、それ以上にユウは今、深刻な問題を抱えていた。




 この酒の席はまったく楽しくない。




 最初こそ、ただ酒が飲めて金も貰えるなんて天職ではないかと密かに心踊っていたが、蓋を開けてみればどうだろうか。スケベ心しかない酔っぱらいの相手、話す内容は下賎な猥談か中年の自慢話。話を盛り上げろと言われたが、つまらないと思った話をどう盛り上げればいいのかわからない。

 ここの娼婦たちは勿論、元の世界のキャバクラ嬢たちはこうも苦労をしていたのか、と感心するばかりだ。

 酒が入ればそういった話も適当に賑やかせるかとたかを括っていたが、肝心の酒が不味く酔うことさえできない。ならば、心を無にして適当に相槌を打っておこうと考えていたのがどうやら裏目に出たらしい。

 いいかげんにしろ、と言わんばかりにキツく睨みつけてくるリリアンの視線に気付き、ユウはバツの悪そうに頬をかいた。


「どうやら初出勤に緊張しているみたいだな。どれ、そろそろ楽しもうじゃないか」


 中年2人は互いに目を見合わせて頷くと、机の上に置かれたベルを鳴らした。


「これでこの娘、ハッピーちゃんはどうだ?」


 駆けつけたボーイにもみあげの中年は銀貨を3枚、白いハンカチに包んで手渡した。



 ()()が何を意味するか、ユウは知っている。



 何を隠そう、()()リリアンから聞いたのはつい先程のことだ。忘れようがない。

 きっとその金を受け取ったボーイはそのままユウにこう問うだろう。


「ハッピーさん、ど、どうしますか?」


 気弱そうなボーイが想像通りの言葉を吐いた。

 その金は娼婦を値踏みし、自らが定めた額を提示することによる()()()()()という意思表明であり、交渉。包まれた額の3割は店に中抜きされ、その残りが娼婦の懐に入るというシステムがこの店の特徴なのだと言う。娼婦にとっては安値で買われず、男にとっては懐事情と相談して娼婦を買うことができる。確かにお互いが得をする可能性を秘めたこのシステムは他店と比べると魅力的に見えるのかもしれない。

 そして接待によるものだけでなく、淫売によるこの金も娼婦一人一人の売上と換算され、店内で順位付がされているらしい。トップクラスともなると特別な手当や待遇面でも優遇されるらしく、娼婦たちの士気も高く保たれている。


「どうかな、ハッピーちゃん? おじさんと気持ちいいことをすればその緊張も解れると思うよ?」


 これを受け取ればユウは接待フロアを抜け、奥に用意された個室でこの中年と行為に及ばなくてはならなくなる。


「本来、おじさんは技術のない新人にこんな額を出すことなんてないんだよ? ただ、君はすごく魅力的だ。容姿がいいだけじゃない。君の顔はどこか見覚えのある。もしかしたら、どこかの御令嬢だったんではないかな? それを踏まえた上での値段を今回はつけさせてもらったよ」


 金はいくらあっても困ることはない。

 だが、男として女を抱くことはあっても女側の立場は初体験だ。ましてや、こんな下品でスケベそうな中年にそれを捧げようものなんて考えるだけでも悍ましい。

 いやでも、たった一度、数時間だけで辛い肉体労働3日分ほどの金が手に入るのも事実。行為だって天井のシミでも数えていればあっという間に過ぎてしまうのかもしれない。

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