義理の形
「黙秘するってかい?」
娼婦は目を細めて再度、タバコの煙を吹きかけるとユウの頬を強く鷲掴む。
「あたしはね、あの夜の一件以来途方に暮れてたんだ。なに、ヤクに違法な額での商売、闇取引と突けばいくらでも埃が出る店のだったからしかたないことだけどさ。あんたがゴブリン商会にカチコミかけて、協会に悪事がバレて徹底的なガサ入れが行われた。店のケツモチしてたゴブリン商会は潰れ、あたしら娼婦は職を失った」
娼婦はつまらなさそうに荒く手を離し、小さなため息を吐く。
「身体を売ることぐらいでしか金の稼ぎ方を知らないそんなあたしに手を差し伸べ、拾ってくれたのはママだった。ま、皮肉にもまたグェンの息がかかった店に流れ着いちまったわけだけどさ」
睨みつける目は敵意ではなく、警戒。懐旧談をしながらもその一挙一動に油断が垣間見えることはない。
「あんたが何かを企んでいて、この店に、ママに害意を持って行動しているのだとしたらあたしはあんたを殺す。どんな手を使ってでも、周りにどんなふうに思われようとも必ず、差し違えてでもあんたを殺す。……あたしからママに返せるものはそんな汚れ仕事ぐらいしかないからね」
偽りはない。それほどの覚悟がその目に宿っていた。
壁に押し付けられながら、威圧され続けるユウ。隙を見て、娼婦を突き飛ばし、逃走を試みもしたが、指一本でも動かせば隠し持った小型ナイフで喉をかき切られてしまいそうだ。相手がこれではそれも許されない。
根負けしたユウは大きく肩を落とし、天井を見上げた。
秘密にしてくれれば良し、協力を仰ぐことが出来れば直良し。潜入を報告されて店を追い出されるならば他に方法を考えよう、と踏ん切りがついた。
「グェンがどうだ、とかマリアンヌに危害を与えようとか、そんなもんは今のところ考えておらん」
「はぁ? なら、本気であんたはこんなとこで何をしてるんだい?」
やっとこさ口を開いたかと思えば、とぼけた返答。間の抜けた声に気の抜けた顔、娼婦は怪訝に眉を顰める。
「お前がマリアンヌに義理を感じてるようにワシもこのギルティアでたくさんの人々に助けをもらっとる。その一部の義理に報いる為にワシは今、動いとる」
「だから、何をしにきたってんだ。その答えを聞くまであたしはあんたをここから出すつもりはないよ」
「単なる人探しじゃ」
「人探しぃ?」
「うむ、少し前に客の中にいた人が良さそうじゃが気の弱い痩せた黒髪青年を覚えとらんか? キッドっちゅう名前なんじゃが」
娼婦は首を振る。
「いや、わからないね。そもそも、客の名前なんてよっぽどの太客じゃなきゃいちいち覚えてないよ。他の娘はどうかしらないけどね」
「そうか……どうやらキッドは1人の娼婦に入れ込んどったようなんじゃ。どうやらその入れ込んどった娼婦も同時期に店から姿を消したらしい。ちょうど4日前ほどのことじゃ」
「4日前……そのキッドとかいう男にはこれっぽっちも検討はつかないけどさ、娼婦のことなら知ってる。ミリアって言う、ちぃと幸の薄そうな娘だ。突然いなくなっちまったもんだからママも困ってた」
「そうか! ならば、何か覚えとらんか? 例えば、駆け落ちを考えているだとか、近々店を辞めようと思ってるだとか。些細な愚痴程度でも構わん。何でもいいから教えてくれ」
「言ったろ? ミリアは突然、いなくなったんだ。書き置きもなく、姿を消すような素振りや言動もない。そもそも、あたしもそんなに仲が良かったわけじゃないからね。何か悪巧みをしていて監視でもしてない限り、1人の娼婦と客のやり取りなんて誰も聞いちゃいないよ」
「そうか……」
どうやら消えた新入り探しは思いの外、困難を極めそうだ。
手立てとしては娼婦一人一人に聞いて回るしか方法はなさそうだが、露骨に嗅ぎ回っていれば黒幕にバレ、この店を追い出されてしまうだろう。
とにかく自然に、尚且つ迅速に情報を集めて辿り着かなければならない。この目の前にいる娼婦がユウを見逃してくれたのならばだが。
「あんた、名前はなんてんだい?」
「む、ユウ……じゃが……」
「アホか。んなことは知ってんだよ。ママに貰った名前のことだよ。まさか店で本名を名乗るつもりじゃないだろう」
「……ハッピー……じゃ」
「くはっ! ハッピーぃ? 敵地に抜け抜けと侵入するようなおめでたいあんたにはピッタリの名前じゃないか」
ベラムとの激戦を繰り広げた少女らしからぬ可愛らしい名前に娼婦はさぞおかしそうに声を上げて笑った。
「あたしはリリアンだ。最初こそしっくりこなかったが、ママがくれた名前だ。今じゃ、これ以外考えられない」
「うむ、ワシなんかよりずっといい名前じゃ」
心の底から出た言葉であったが、リリアンはユウの頭を軽く小突いて言う。
「どんな名前もママがくれた名前だ。良し悪しなんてないんだよ」
「マリアンヌを信頼しとるんじゃな」
「ほら、ハッピー。着いてきな。開店の準備を教えてやるよ」
「……報告せんのか?」
「ママに何かしない限りはね。怪しい動きがあったらすぐに報告する。人に受けた恩を返そうとするヤツの邪魔をするほどあたしは野暮なヤツじゃないよ」
「恩に切る」
深く頭を下げて、ユウは感謝の意を示す。そしてふと先程から疑問に感じていた事を聞いてみる。
「何故、ワシに気付いたんじゃ? やはり変装にもなりきれてないか、ワシの化粧は」
リリアンは静かに笑い、振り向く。
「あたしゃ、あんたのファンなんだ。グェンにケツモチされていながらこれを言うあたしも変だが、ただなんとなく娼婦を人として見ようとしないグェンを、その幹部であるベラムを殴ったあんたを見て胸が晴れた気がしたんだ。そんなヤツの顔はどんな厚化粧をしてたって見間違えたりはしないよ」