意図せぬ再会
「あら、ウィスリー。もしかしてその娘って……」
この店の店長らしきオカマ風の男は振り返るなりウィスリーには目もくれずにユウを凝視する。
喧嘩においては百戦錬磨、この程度の大男ならば幾度となくやり合ってきた。しかしながらユウはその視線から目を逸らすことも息巻いた啖呵を切ることもおろか足に杭でも打ち付けられたかのように動くことさえままならない。
それは紛れもない怖気。
あのベラムにさえ、勇敢に立ち向かったユウの足をこのオカマのただならない雰囲気がそうさせない。
「あら、ふむふむ……うふっ」
まるで値踏みでもするようにユウの頬を掴み、舐め回すように眺めるオカマは少女のように嬉しそうに、または時折、中年男性のような低い唸り声を上げる。
「な、なんじゃぁ……ワシはどうなる……」
必死に絞り出した声はその主を疑ってしまいたくなるように弱々しい。
「ハッピーちゃんそうね、あなたは今日からハッピーちゃんにしましょう」
「お、どうやらお気に召したようじゃねぇか」
ユウの声など意にも介せず、オカマ店長は力強く頷いた。
「正直、アンタが連れてくる娘なんてこれっぽっちも期待してなかったんだけど、この娘ならそうね。ツケの代わりに買い取ってあげてもいいわ」
「ははっ、さすがギルティア一番の娼館の店長は気前がいいな!」
「お、おい、ウィスリー! ツケってなんのことじゃ! まさかお前、ワシをツケの精算にーー」
「ーーこれからはしゃかりき働けよ、ハッピー」
「ハッピー!? ワシはユーー」
自ら正体をバラしにかかったユウの口を強引に手で覆い、ウィスリーは意地悪くニタニタと笑う。
「ハッピーちゃん、あなたは今日からこの『魅惑の果実』の一員よ。その名に相応しく、お客さまを魅了するような甘くて危険な果実となるように頑張ってちょうだいね」
「だとよ。頑張れよ、ハッピーちゃん」
「ぐぬぬぬ……」
猛獣のように歯をギリギリと鳴らし、今にも噛み付かんとするユウの横顔を見てオカマ店長は首を傾げる。
「でも、なんだか妙ね。化粧の腕はまだまだだけどウィスリーがこんな上質な娘を連れてくるなんて……それに、なんだかどこかで見たような顔の気もしなくもないのよね」
ポツリと呟かれた店長の言葉にユウは身体を跳ねさせる。
「あなた、ここの前に違うお店で働いてたりするかしら? それともあたしの憎き恋敵だったりとか」
「い、いや、初対面じゃ」
「あらそう? なんだかそんな気がしないのよね。思い出せないなんて年寄りみたいでやぁ〜ね」
「バカ言うな。俺が他店から引き抜きなんてせこいマネするわけねぇだろ」
「たしかに、引き抜きなんてしたら他店からは恨まれるし、その娘を釣るエサも必要。あんたにそんな度胸や財があるとは到底、思えないわね」
腑に落ちない点もありながらもなんとか店長は納得してくれたらしい。
「何はともあれ、これからよろしくねハッピーちゃん。あたしの名前はマリアンヌ。みんなには主に『ママ』って呼ばれてるわね。マリリンでもアンナでもなんでも好きなように呼んでくれていいわよ」
「う、うむ……」
その体格からはどうも似つかわしく感じないキラキラとしたアイドルポーズでマリアンヌもといママは名乗り、ユウは微妙そうな顔で頷いた。
「ハッピーちゃんには教育係を後でつけるから待っててちょうだい。さぁ、今夜の夜も長いわよ!」
「で、あんたいったいこんな所に何をしにきたんだい?」
まさか誰がこんなにも早く正体がバレると予測しただろうか。
場所は控え室脇の小さな小部屋。客用のグラスやナプキン類、主に雑貨を保管する倉庫の中である。
「あんた、確かあの後に自分らでギルドを立ち上げたはずだろう? ほら、あの胸が異様にデカい赤ちゃんみたいな顔した女とさ」
詰め寄る娼婦は鼻先がつくほどの距離で煙草を吸い、その煙をユウに吹きかけた。
それはほんの数分前、マリアンヌに言われた通り控え室で出勤してくる娼婦らに呑気な挨拶と軽い日常会話をしていた時のことである。
女だらけの雰囲気と香水や化粧品の混ざった匂いが立ち込める一室で教育係とやらの到着を待っていたユウ。待ち侘びたその人物の到着にユウは何の迷いもなく、名を名乗り、マリアンヌから言われた旨を伝えた。
初対面、そうとばかり思っていたその娼婦は口を開けたまま目を丸くして数秒の静止。その後、険しい顔で腕を引かれて連れて来られた。
そう、その娼婦はユウを知っていた。あの夜、ベラムとの激闘の際、しっかりとユウの顔を把握していたのだ。
思い出すのに少し時間はかかったが、今では鮮明にそのやり取りが思い出せる。
この娼婦はあの夜、ギルティア中層で出会った娼婦。シュシュと共にゴブリン商会への道を尋ねた娼婦に間違いなかった。