潜入初日
「まぁ、及第点ってとこかぁ」
翌朝、寝る間も惜しんだクララによる猛特訓によって初心者のユウもなんとか自分で化粧をできるようになった。とは言ってもまだまだ覚えたて。クララをはじめに世の女性たちと比べればまだまだひよっこにも満たないのだろう。
険しい顔で化粧の練習をしていたユウは世の女性たちはこんなにも面倒臭いことを毎日やっているのかといたく感心したのはつい先程のことである。
「いやいや、やっぱりユウちゃんは可愛いなぁ。それにその化粧は俺が苦労して買ってきた道具でやったもんなんだろう。なんだかこんだけ可愛い子がより綺麗になると俺も鼻高々ってやつだな」
いつもながらの悪態吐くウィスリーの言葉をフォローするようにビルは上機嫌に言う。
本人は露店の店員に自分の為に買ったと誤解されていることをまだ知らないのだろう。
「可愛いとか綺麗とかは別の話じゃ。大事なのはワシがワシってことを欺けているかどうかじゃろう。実際どうじゃ?」
眩い白金に近い金色の髪にくりくりとした大きな眼は一層に大きく派手に。塗ったこともない薄い口紅に違和感を感じながらユウは不安そうに口を動かす。
「どうだかな。そのドギツイ色のドレスにばっか目がいって正直、顔なんて見てらんねぇよ俺は」
「そ、そんなに変かぁ?」
光沢がかった真紫のロングドレスをたなびかせてユウは目を見開く。
「ま、まぁ格好はあれだけど……俺らみたいなよっぽどの顔馴染みでもない限りは大丈夫なんじゃねぇかな? 噂に伝え聞いたとか街でチラッと見かけたぐらいの奴じゃこれがユウちゃんとは気付かねぇかと思うが」
「やっぱりこの格好は変なのか!? 艶やかな女っちゅうたらこれじゃとワシは思ったんじゃが!?」
「確かにあげたてメンチカツっつうダサいギルドを束ねてるユウってのは亜麻色の髪をした女ってので名が売れてる。細かな顔立ちなんてのはみんな覚えてねーだろうな」
「おい、答えろ! ビル、ウィスリー!」
「もし、顔馴染みに、そうでなくても正体がバレそうになった時はシラを切り通すかバレる前に逃げるんだぞ、ユウちゃん。なんたって相手はグェン同盟が後ろについてる。殺されるだけじゃ済まされねぇかもしれないぜ」
「何故、答えん!」
「ほら、着いたぜユウ。店長に話は通してある。適当にウソを喋るからお前は口裏を合わせるんだぜ」
ユウの渾身のドレスがダサいか否かの返答はもらえることなく、ビルを入り口に残して2人は娼館『魅惑の果実』の門戸をくぐる。
まだ営業時間前だからか、店前も店内もそれほど騒がしくはなかった。
「おい、店長いるか? 約束の女連れてきたぜ」
店内に入るなり、ウィスリーが近くにいたボーイらしき店員に呼びかける。
「あぁ? あ〜ウィスリーさん、ちっす」
気だるそうに机を磨いていたチャラチャラした男は不審そうにこちらに目を向けたが、その声の主がウィスリーと知るなり気安い態度で右手を上げた。
「え? え? え? マジっすか? ウィスリーさんが女斡旋するってのは聞いてたっすけどその子が? いやいやいや!」
ユウの顔を至近距離でまじまじと見つめてチャラいボーイは顔の前で手を振る。
バレたか?
ならばその口からユウという名が発せられる前に、まだ人が少ないうちに、迅速かつ静かにこの男を始末しなくてはならない。
ユウは拳を固く握りしめ、ボーイの次の言葉に耳を傾ける。
「マジパナイっす! こんな可愛い子、ウィスリーさんの知り合いにいたんすか!? ウィスリーさんのことだからもっと目も当てられないようなブスを連れてくんのかと思ってましたよー!!」
「そんなにか? 俺にはそこらの有象無象とそう変わんなく見えるぜ?」
「いやいや! ウィスリーさんどんだけ目ぇ肥えてんすか!? 正直に言ってくださいよ!? どんな違法な手段を使ってこんな上玉仕入れたんすか? 勿論、何回かは味見しちゃってんでしょ?」
「するわけねぇだろ、こんなやつ」
「えぇ〜〜!! ウソクセェ! 性欲の化け物のウィスリーさんがそんなわけ…………俺、なんかしましたかね? この子、めっちゃ怖い顔で拳握りしめてんすけど?」
ウィスリーは一度だけ咎めるようにユウへと目配せをし、聞こえないぐらいの小さな舌打ちをした。
「な、見ろよ。見た目はそれなりでも性格に難ありだ。こんなやつに手出そうもんなら俺のイチモツが噛みちぎられちまうさ」
「なるほど……ウィスリーさんが手出さない理由、理解したっす」
「それで、店長はいるか? こいつを売りにきたんだ。もちろん、会って話せるよな?」
「あ〜店長なら奥の部屋にいるっす。着いてきてください」
言われるがまま、そのボーイの後に続く2人。派手な客室、キャバクラのような造りの接待スペースを抜けた廊下の先に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉が現れた。店の長、いくらグェンというオーナーがいれどもえらく簡素な造りの扉をボーイが叩くと短い返答が返ってくる。ボーイは中までは入ってこないらしく、扉を開けて入室を促すと見た目の割にいたく丁寧にお辞儀をし、その場を去っていった。
「あら、ウィスリーじゃない? 何よ、こんな朝早くに。残念ながらまだ開店前よ?」
いかつい身体をした男がギシギシと音を立てて椅子を回した。
真っ赤な口紅を引いた派手な化粧に女性らしい言葉遣い、一目見てその男がそっちの世界の住人であることを察した。