ワシって可愛い……
「まっずいのぅ〜。これは本当に口に入れていいものなのか?」
この場にいる3人の誰のものでもない声が響いた。
「ぷぷっ!」
「え? え? え!? かわいい! 何ですか? どうなってるんですか?」
特徴的な喋り方、それは他にもないユウの声に間違いはない。ただ、違和感。そう、クララが笑い、シュシュが黄色い声を上げてはしゃぐほどにその声色はいつもユウが発するものとは程遠く、甲高い。言うなれば甘々なロリっ子ボイスとでも言おうか。
「な、なんじゃあ!?」
「やめろし! その声でその喋り方ぷぷっ、さすがにツボる」
「かわいい〜! ユウちゃんもっとたくさん話してみてください!」
訪れた異変に狼狽えながらも喉を押さえるユウ。喉に絡みつく違和感を必死に咳払いで落とそうとするも変わらず。
「クララぁ!! これはいったい何なんじゃ! とんでもないもんを飲ませてくれたのぅワレぇ!」
恫喝の声を上げるもそれさえもかわいい。
「きゃー!! ユウちゃん、わたし、わたしなんかすっごくユウちゃんが愛おしくて堪りません! いいですか!? 襲っちゃってもいいですか!!?」
「いいわけないじゃろうボケがぁ!!」
唇を尖らせ、迫り来るシュシュの顔を手のひらで突っ張りながら拒むユウ。その様子をゲラゲラと手を叩いて笑うクララは目尻に溜まった涙を指先で拭い、
「それ変声薬なんよ。まぁ、熱いお湯でも飲めばすぐに元通りになるから」
悪びれもなくそう言った。
「んんっ……まぁだ喉が変な感じがするわ……」
「ほらでも、声は元に戻ったっしょ?」
顔に化粧を施されながらユウは未だ不快そうに喉を鳴らす。
「ありゃいったいなんの目的があってのもんなんじゃ。向こうにもヘリウムガスとかそんなくだらんもんがあったが、ワシにはあの良さがちっともわからん」
「へりうむがす? なんそれ?」
慣れた手つきでユウの顔を華やかに飾っていく一瞬、不思議そうに眉根を寄せた。すかさず気まずそうにユウは唸るが、当の本人はさほど気にも止まらなかったようで器用に手を動かしつつも口を開く。
「なんつーの? 所謂、おふざけの魔法薬でさ、まぁ、若い子たちの間で流行ってるみたいな感じ?」
「流行っとるのか? あんなもんが」
「原理的にはゲル状の魔法薬が唾液と混ざることでちょうど声帯の辺りで固まるみたいで、まぁ手軽に声を自由に変えられますよみたいな道具なんさ」
「なんか窒息しそうで怖いのぅ」
「だからお湯を飲めばすぐ溶けんの。てか、本来はそんなおふざけで使うようなもんじゃないんだけどねー」
「あんなもん悪ふざけの他に使い道があるんか?」
「まぁ、世の中にはさ、自分の声が好きじゃないやつなんていっぱいいるわけよ。声が高すぎたり低すぎたりさ。あとはまぁ、男の人?」
「男が飲むのか? あれを? だってあれはーー」
「ーー男に生まれたけど女になりたい、そんな人はたくさんいるの。例えば、心は女の子なのに体は男で……とかさ。そんな
劣等感を取り去るために最初は開発されたらしいよ」
性同一性障害というやつか、とユウは一人心の中で納得する。そしてビルがこの薬品をサービスで付けられた理由がなんとなく察せられた。
あぁ、あいつはそういうふうに見られたんだな、と。
「はい、おしまい。どよ、あたしの完璧なメイク術は?」
手鏡を渡され、それを覗くユウ。
「あら、ワシってすっごい可愛い……」
自然とそんな乙女のような言葉が口からこぼれ出た。
「いや、素の素材が整ってるとエグい。中身おっさんなのにアンタって外見だけは抜群よねー。自分でやっといてなんだけどちょい凹むわ」
改めて自身が仕上げたユウの姿を見て、クララはがっくりと肩を落とした。
「まぁ、今日はお手本ってことであたしがやったげたけど明日からは自分でするのよ。毎朝、早起きしてね」
「うむぅ、ワシにできるかのぅ」
「できるできないじゃなくてやれ。あたしに教えを請ったからにはハンパじゃ許さんから。せっかく顔立ち整ってんだから化粧ぐらいしないと勿体無いっしょ」
「お、おう……」
「ほらじゃあ、また一から教えたげるからとりあえず化粧落としといで。今度は自分でやんだよ」
「落とすのか? 勿体ない……取り敢えずは今日はこのまま寝て出勤でいいんじゃないか?」
「アホか、ほら早く早く」
重い腰を強引に上げられたばかりか、その尻を叩かれて急かされる。
「クララちゃんはわかってません! ユウちゃんはそのままが一番可愛いんです!!」
今の今まで黙りと見守っていたシュシュが徐に立ち上がり、声を張り上げた。
妙に艶やかな色っぽい声で。
机の上を見ればユウが飲んだ物とはまた別のよく似た小瓶。
「…………あんた、飲んだね?」
「えへへぇ〜」
照れ臭そうに頭をかき、ニヤけるシュシュ。
「どうですか? わたしってよく子供っぽいって言われるからこんな声なら色っぽくてこの可愛らしさに磨きがーー」
「ーーキツい。その顔でその声はキツい」
「な、なな、なんでですかぁ!?」
「めっちゃぶん殴りたくなる。あんたのその甘ったるい子供顔で色気ムンムンのその声は……あ〜ヤバい」
まるで本人の意思とは無関係に、糸で誰かに操られてるのではと見紛うほどに顔は無表情に固めたままクララは固く握った拳をゆっくりと振り上げる。
「ひぃ〜〜〜〜!!」
2人は仲良く揃って逃げるように流し場まで駆け出した。