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不審な娼館と真面目で正直な失踪者

 ビルの言う通りだ。ウィスリーやビル、節制しているつもりのユウよりもキッドは堅実でマメな男であった。新入りながら自由に使える金はここにいる誰よりも蓄えていたであろう。

 細い顎に手を添えてユウは低い唸り声を出した。


「…………駆け落ちっちゅう線はないか? フラれた彼女を忘れるぐらいその娼婦に惚れ込んでおったのじゃろう?」


 不意に頭に浮かんだ言葉を口に出したユウ。それに2人が同調や納得をすることはなく、それどころかますますと曇った顔で黙り込んでしまった。


「ありえねー」


 何か不味いことでも言ったのか、と怪訝に眉根を寄せたユウの横でウィスリーがぼそりと呟いた。

 その言葉の意味を問おうとするや否やウィスリーはなみなみと注いだ酒を一息で飲み干し、砕けんばかりにグラスを机に叩きつけた。


「確かにユウの言う通りだ。新入りがゾッコンだった娼婦も同じ時期に忽然と姿を消しちまったらしい。ビルと2人で聞き込みをしても皆、口を揃えてお前と同じことを言ったよ。『駆け落ちだろう。ここじゃそう珍しいものでもない』ってな」


「じゃったらやはりーー」


「ーーだからありえねーつってんだろうがよぉ!」


「お、おいウィスリー……飲み過ぎだ」


「飲み過ぎぃ? 頭腐ってんのか、てめぇ……俺がこんな酒で酔っ払うとでも思ってんのか……こんなクソまじぃ酒なんかでよぉ」


 ビルはそれ以上、ウィスリーを宥めたり咎めることはなく、神妙な面持ちでユウを見遣った。




「俺たちは()()()()なんかじゃねぇと思ってる」




 ビルまでもがこうも意固地になるのも珍しい。それなりの時間が経ちつつあるが、それほどハイペースで飲んでいたと言うこともなく、ビルまでもが酒の勢いで冷静な判断ができなくなっているとは考えにくかった。元より、ビルがそれほどまでに酒に溺れたといったことはない。


「いったいどうした?」


 明らかに普通ではない2人の様子にユウは率直な質疑を投げかける。

 沈黙は数秒。やがてウィスリーは鼻をすすっていつになく真剣な眼差しをユウへ向けた。


「お前に新入りの捜索を頼みたい。報酬金なんて大それたもんはろくに払えねぇ。でも、断られねぇよなユウ。お前だってギルドっつう旗を立てたギルド加入者の端くれだよな? キッドとはお前だって仲良くしてたもんな?」


「俺からも頼むよ、ユウちゃん。俺たちにゃ、あの新入りがなんの言葉も無しに消えちまうなんて思えねんだ」


 頭を下げるビルはと一切の視線を外すことのないウィスリー。


「仕事のミス1つ内緒にもできない小心者で正直者な小僧だぜ? 女のため、1人一大決心なんて男気のあることできるやつじゃねぇってのはお前もわかるだろ?」


「あの店にゃ、良くない噂みてぇなもんも流れてる。いや、確かな証拠なんてねぇが、どうしても俺もウィスリーも納得できねんだよ」


「確かに俺はお前らが言うように真面目で面倒見の良い先輩とは程遠いかもしれない。だがよ、俺だってな……俺なりにあいつのことを可愛がってやってたんだ。……だからよ、何も言わずにおさらばなんて……信じたくねぇんだよ……」


 柄にもなくウィスリーの声が震え、瞳が潤んだ。


「ふむ……」


 きっとこの2人なりにもキッドの捜索はしていたのだろう。が、発見には至らなかった。次に頼るべく相手はもうギルドという組を立ち上げた者、中でも唯一と言えるギルド関係者の知り合いであるユウぐらいにしかいなかったのだろう。

 2人の息つく隙もなく発せられた言葉の数々、その懇願にも似た依頼を受け、ユウは静かに腕を組む。

 沈黙。承諾するでもなく、拒否をするでもない。只々、押し黙り、ユウは数秒、数十秒と口を固く結び、微動だにすることもなかった。

 酒に酔い、寝てしまったか。はたまた、何か怒りを買ってしまったか。不安、そして不気味にも思う2人が目を見合わせた頃、ようやくユウは思い口を開いた。




「それでワシに酒を振る舞い、気分が良くなった所で騙すように引き受けさせようとしたんか…………くだらん」




 声色、態度共に明らかに不機嫌。眉を怒らせ、小さな舌打ちをするユウに核心を突かれた2人には言い訳の言葉も出てこない。可憐な少女としか見えぬのにその威圧感は凄まじく、大の大人をこうして萎縮させてしまうほどの迫力がある。

 やはり、邪な企てをしたことが裏目に出たか、2人が揃って小さなため息をつくと


「ワシがそんな薄情者に見えるんか? アホタレめ」


そう悪態吐き、口元を薄く歪める。


「そんなもん酒も金もいらん。ワシが友を見捨てるわけないじゃろう。ましてや、似合わない涙まで見せた男の頼みをのぅ」


「ユウ……ははっ! いい女だな、お前は!」


「すまねぇ、ユウちゃん……恩に切るよ……本当に……!」


 金のない彼らの頼みなど真正面から伝えればほぼ確実に断られると思っていた。決してユウを薄情や冷淡な人間だと思ってのことではない。何せ、彼女らは今やギルティアで新進気鋭のギルドなのだ。見返りのない仕事に時間を割けるはずがない、そう思っていた。

 しかし、結果返ってきた言葉は頼もしい限りの力強い言葉。

胸の奥がじんっと熱くなるのを2人は感じた。

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