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一瞬の油断


「シュシュ、鉄球はいくつまでなら出せる?」


「わかりません! いっつも一個出した時に手が使い物にならなくなっちゃいますから!」


「なら、一個しか出さないかもしれんし、複数出せるかもしれないっちゅうわけじゃな」


「はい、でも…いっつもこの力を使うとちょっとフラつくと言いますか…」


 シュシュの授力は身体に含まれる微量な鉄分から鉄球を生成するというもの。

 なぜフラつくのか、それはシュシュ自身も知らないことだが、鉄分不足による貧血を起こしているに他ならない。それはつまり有限であるということだ。

 全てを理解したわけではないが、その話を聞きユウも多用させるものではないと判断。


「必要な時に合図を出す。気張れや、これが終わったらゆっくり寝かせたるわ!」


「は、はい! 頑張ります!」


 すでにボロボロとなった身体に檄を入れ、駆ける足に力を込める。全身が鉛のように重く、骨が軋む音を立てて激痛を生む。さらに、体力には自信がないらしいシュシュを背負うという負担は今のユウにとって相当辛いものとなった。


「ーーッ!」


 そして極め付けは目の前に聳えるこの巨大生物と今から戦わなくてはならないということだ。

 幸い、ベルセルククレフターの敵意は囮役となったニオタ達は向いているが、鉄塊のような身体と全てを断ち切らんとする巨大なハサミは人を怯え、恐怖させるのには充分である。

 怖いものなどないと自負のあったユウでさえ、例外にはあらず。先程受けた痛恨の一撃も相まってその恐怖心を呼び起こし、足を止めさせようとする。


「ひ、ひぐぅ〜」


 背に負ったシュシュの指先に力が込もり、ユウの服をこれでもかと握りしめられた。

 密着した身体だからこそ伝わる微かな振動。震えている。平和なカニ取りだと思っていた少女が正気でいられるはずがない。

 ユウはそっとシュシュの震える手に自身の右手を添えた。


「大丈夫じゃ。こいつを倒して今夜は贅沢にカニ鍋と行こうや」


「こ、これだけ大きいと臭み取りとか大変そうですけど…楽しみにしてます」


「ほいじゃ、シュシュ! 鉄球を出してくれ!」


「は、はい!」


 手のひらを上に差し出されたユウの手に被せるようにシュシュが両手を被せ、目を閉じる。

 あの時、ギルド管理協会で見た暖かな光が視界の隅に淡く輝いた。

 決してそれに目を取られないようにユウはただひたすらに目の前の獲物に視線を向ける。ここで気付かれてはおしまいなのだ。


「ぐぅッ!」


 程なくして、ユウの右手にずしりと鉄の球がのしかかった。

 華奢な細腕に身を沈めたそれはなるほど、シュシュが重みに耐えきれず手を潰してしまうのも頷ける。

 弱った身体に重い鉄球、身体が傾き、腕の筋がプチプチと嫌な音を立てる。おまけに力んだせいで重傷を受けた左腕から全身にまで鋭い激痛が走った。


「バカモンが……ここで悲鳴を上げてちゃ話にならんじゃろが……ッ!」


 情けなく弱った自分の身体に檄を飛ばし、鞭を入れ、ユウはそのままベルセルククレフターに突進を仕掛ける。

 地面を揺らし、駆ける巨大な足に巻き込まれぬよう細心の注意を払ってそれらを掻い潜り、対象へとの距離を縮める。

 一撃でもくらえば全ては水の泡。この状態ではまともな回避もままならない。

 たった一撃。それでベルセルククレフターに負傷を与え、一瞬でも動きが止まってくれたらいい。

 その隙に渾身の力でがむしゃらに何度でもぶっ叩いてやる。


「おらぁッ!! いっぺん死んで来いやぁッ!!」


 辿り着いた。

 ニオタ達の体力も切れ切れ、今にもその凶刃を彼らに振り下ろそうとベルセルククレフターが足を止めたその時、ユウは握った鉄球をありったけの力を込めてその横っ腹に叩きつけた。

 目を瞑り、一層背に抱きつくシュシュの腕に力が込もる。



 ピシッ!



 硬い何かにヒビが入るそんな音がした。


「や、やったでござるか!?」


 小さなヒビをつけられた身体、その隙間からどろりと青緑色の血液が流れ落ちる。

 けたたましい悲鳴を上げて身体を大きく仰け反らせたベルセルククレフターの動きが止まった。

 この好機を逃すまいとユウは返り血をその身に浴びながら何度も何度も同じ箇所に鉄球を叩きつける。

 血に濡れた手から鉄球がずるりと滑り落ちた頃、肩で息をするユウはニヤリと笑みを浮かべる。

 身体に大穴を空けてやった。

 そんな勝ち誇った笑みがつい漏れ出してしまった。


「ーーユウちゃんっ!!」


 一瞬の油断が命取りになる。

 そんなこと分かりきっているつもりだった。

 空に突き上げるようなアッパー気味のベルセルククレフターによる反撃が全身を貫く。

 シュシュだけは守らなければ、と咄嗟の防衛反応により直撃を受けたのはユウだけであったが、それはあまりに手痛い反撃となった。

 なにせ、あの巨体から繰り出される攻撃を今度は正真正銘、真っ向から浴びてしまったのだ。

 上空を打ち上げ花火のように高速で舞い上がるユウ。どこが痛いとかそんな話ではない。全身がバラバラになるような痛み。むしろ、どこにも欠損がなかったことの方が驚きなぐらいだ。

 折れた肋骨が内臓を貫き、口から込み上げるように大量の血液を吐き出してユウは苦悶の表情を浮かべる。


 死ぬ。


 確信染みた予感が頭を過る。

 下に待ち受けるベルセルククレフターに八つ裂きにされるか、哀れにシュシュもろとも地面に激突するか定かではないが、自分は死ぬ。

 自分だけじゃない。

 シュシュもニオタたちも皆、死んでしまう。







「…………いったい何人死なせるつもり……じゃ……ボケがぁ……!」







 虚ろになり、閉じかけた眼を強引にこじ開けてユウは意識を覚醒させるように下唇を思いっきり噛み切った。

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