表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/231

新入りの所在


「あ〜……ちょっと前によぉ」


 可憐な少女には似つかわしくない凄みのある睨みに威圧されてウィスリーはバツの悪そうに口をもごもごと動かした。

 時折、救いを求めるようにビルに視線が向くが、ビルは神妙な顔でグラスに浮かぶ氷をジッと眺めるばかりだ。このややこしい事態を招いたのはお前だ、自分で責任を持て、そう言わんばかりに。


「あいつが……新入りが長年恋仲にあった彼女と別れたのは聞いてるだろ?」


「あぁ、別れる前からよく相談を受け取ったわ。女の子の意見を聞かせてくれ、とな。今にも泣き出しそうな顔じゃった」


 根本が初老のオヤジであるユウがキッドに的確なアドバイスを与えてやれるはずもなかったが。


「おめぇのことだからろくな助言もできなかったんだろ? この外見詐欺師のオッサンが」


 悪態を吐きながらウィスリーは小さく鼻で笑い、酒を煽る。


「んでよ、アイツが彼女と別れた当日だ。話しかけても亡霊のように虚ろで、仕事中も上の空でやらかし放題。先輩としては見過ごせないよな、これは」


「新入りが働かなきゃ、お前が親方に隠れてサボることもできねぇもんなーーうわっ、汚ねぇッ!!」


 横槍を入れてからかったビルに向かってウィスリーは唾を吐いた。




「ユウ、お前よぉ、『魅惑の果実』って店は知ってるか?」




 ズボンのシミを付けた唾に騒ぐビルに一瞥もくれることもなく、ウィスリーはそうユウに問うた。


「『魅惑の果実』? いや、知らん。果物屋かなんかか?」


「娼館だよ。多種多様、あらゆる種族の男の中の男が集う場、歓楽街の中でもギルティアじゃ不動の地位を確立している店だ」


 小馬鹿にするようなしたり顔でウィスリーは運ばれてきた根菜のフリッターを口に投げ込む。


「自分で言うのもなんじゃが、ワシはこれでも女じゃぞ。知るか、そんな店」


「お前が本当に女なのかどうかはどうだっていい。要はよぉ、女にフラれた新入りを連れてってやったんだよ。失恋記念に奢ってやるからってさ」


「ほぉ、お前が風俗を奢ると。珍しいこともあるもんじゃのぅ、そんなに安くはないじゃろう」


「ユウちゃん騙されんなよ、嘘だぜ。正確には()()()()払ってやるだ。もっと言うとその金を払ったのは俺だしな」


「おい、さっきからうるせぇぞビル! そんなに話したきゃてめぇの股間にぶら下がってる見窄らしい股間とでも話してやがれ! 確かに一部、言葉の誤りはあったかもしれないが連れてってやったのは間違いねぇだろう!」


「あ〜……なんじゃ。ビル、お前も行ったんか……風俗に」


 からかい半分に口から出た言葉が思わぬ露呈に繋がり、狼狽えたビルは子犬のように体を丸めて小さく頷いた。


「カミさんに殺されるぞ……」


「だから、言わないでくれよ。ユウちゃんもこんな汚ねぇ髭面の死に顔なんて見たくねぇだろ?」


 だらしのない男たちにユウは深いため息を吐き、頭を押さえる。


「あ〜〜……それで?」


「おう、話を戻すぜ。魅惑の果実は普通の娼館と違って娼婦たちとおしゃべりや飲み食いもできるわけだ。まぁ、接待付き酒場に娼館が混ざった物だと思ってくれたらいい」


 言わばキャバクラと風俗が混ざったようなものと言うことだな、とユウは脳内で変換して理解する。


「それでだ、俺たちも女に囲まれながらとりあえず酒を煽ってたんだよ。最初こそ新入りは気乗りしねぇみたいでずっと黙りしてたんだけどよ、ある女が隣についてから急に元気になりやがった。どうやら惚れちまったらしい」


「おいおい、恋人にフラれて間もないはずじゃろ?」


「わかってねぇな〜。男ってのは股間に正直なんだ。だから、いい女がいりゃ、過去の女なんてキッパリ忘れちまえる」


「いや、そりゃあ、人によるじゃろ」


「かもしれねぇが、俺の周りはそんな奴ばっかりだ」


 類は友を呼ぶ、と言うからにはそう言うことなのだろう。


「うむ……少しばかりキッドの見方が変わってしまいそうじゃが、なんとなくわかった。それで、それとこの場にキッドがいないのと何の関係がある? まさか、今日も予定をすっぽかしてその店に行っとるんか? 3日も前じゃぞ、この飲みが決まったのは」


 友人との約束をすっぽかして風俗遊びに狂う。行くのは自由だとしても、あまり褒められたことではない。このウィスリーでさえ、律儀に顔を出しているにも関わらずだ。

 しかし、眉間に皺を寄せるユウ以上に2人は神妙な顔で黙り込み、静かに酒を口に含んだ。






()()()()なんだよ、最後に見たのは3日前。ちょうどユウちゃんと約束した晩のことだ」






 ぼそりと口からこぼすように、ビルは言う。その声はいつもとかけ離れて小さく、元気もない。


「んあ? な、なんじゃいったいどう言うことじゃ? まさか金が払えず、借金取りから夜逃げしたか?」


 ウィスリーは首を横に振った。


「新入りは前の女と結婚も考えてたって聞いてたろ? こう言っちゃなんだが、俺らなんかよりもよっぽど堅実に金を溜め込んでたぜ。ほんの一二週間で底をつくとは思えねぇよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ